2019年3月13~15日、 東北(主に宮城県)を訪れた際に録音しました。
スマートフォンでの録音のため、雑音がしばしば入りますがその点についてはあらかじめご了承ください···。
普段東北の鉄道になじみのない方も、東北の景色や地名をまずは、耳で楽しんでください!
また、それぞれのエピソードにも、各地の魅力を伝えるべく、様々な情報を紹介しているので読んでいただけると嬉しいです!
そして、『東北行ってみようかな~』と思っていただけた方はぜひ、その景色をその目でご覧ください。
もちろん東北だけでなく神戸、新潟、熊本·大分、北海道、被災地は日本のあちこちにあり、今も復興に向けて奔走したり震災の記憶を後世に残そうと取り組んでいる方々もたくさんいます。
私としては、一人でも多くの方が被災地を訪れ、復興を支援してくださると共に、この先どんな災害が起こるかわからない未来を生きる人々に震災の教訓を伝えてくださることを望むばかりです。
沿岸部の震災被害を受けた路線はBRT(バス高速輸送システム)に置き換えられています。車両は普通の路線バスと変わりません。もともと線路があった上にアスファルトの道をつくり、BRTの専用道路となっています。
ほとんどが山道ですが、南三陸町付近では高台の道路から太平洋を望むことが出来ます。
陸前階上駅から徒歩約15分で旧気仙沼向洋高校(気仙沼市東日本大震災遺構·伝承館)に着きます。2019年3月10日にオープンし、遺構の内部の公開や被災直後の写真や震災を忘れない決意を表した制作物の展示、被災者の今の声をビデオで聞くことが出来るコーナーなどがあります。 ここは私が東北に行って一番心残った場所でした。
また、伝承館から徒歩約15分で国立三陸復興公園·岩井崎に着きます。ここではリアス式海岸独特の景色を見ることが出来ます。目の前に広がるのは、遠くアメリカまで続く海、あの日ここを襲った海。ごつごつした柱状節理とその中にある潮吹き岩に高い波がぶつかるたびに高くしぶきがあがります。
同じく岩井崎にある、津波に折れて偶然龍のような形になった龍の松も見物です。夕日がバックのシルエットが実に神秘的な光景でした。
石巻でも河口付近では堤防の拡張工事が進行中でした。
石巻線は非電化区間のため気動車に乗っていきます。
車窓からは広大な田畑が。 あんなに開けた平地を見たのは初めてでした。
前谷地駅ではDD10形ディーゼル機関車が牽引する貨物列車を見ることができました!
車窓からは時々海が見えますがほとんどは山か畑か住宅街でのどかな田舎を走って行きます。
そして列車は、東日本大震災で最も被害が大きかった街のひとつ、石巻市へ。
しかし、そんな肩書きとは裏腹に石巻のまちはとてもにぎやかでした! なぜなら、この石巻市は仮面ライダーやサイボーグ009の作者、石ノ森章太郎氏の故郷であり、駅のホームや壁、道端、はたまたポストの上まで、街のあちらこちらにいろんなキャラクターの像やフラッグがあるからです!
マンガ好きにはたまらないでしょうね! 石巻駅から徒歩約15分のところには石ノ森萬画館もあり、街の幼稚園児も遠足で訪れていました。
ただし、電車の本数が驚くほど少ないので、要注意です!
『おのくん』って知ってますか?
陸前小野駅前の空の駅にて販売されているソックスモンキーです。その名の通り、靴下で作るサルのぬいぐるみで現地の主婦の方々が一匹ずつ手縫いで作っています。
空の駅では『おのくん』の里親を募集中です!くるりとした目、まるくてやわらかい体型、どこをとってもいとおしいです(´∀`)
そして運が良ければ、航空自衛隊東松島基地に所属しているアクロバティックチーム『ブルーインパルス』などの訓練飛行が見られるかもしれません!現地の方によると「木曜と金曜にはよく飛んでいる」とのこと!
私も訓練飛行中のF-2戦闘機を見ることができました。
日本三景、松島へ。
松島駅は天橋立駅(京都丹後鉄道)と雰囲気が似てたような···。
津波の浸水被害を再発させないため川岸はコンクリートでがきれいな白い堤防が作られていました。
さすがは観光地とだけあって震災の遺構などは見当たりませんでしたが、唯一無二の景色があります!
水平線から昇る朝日と松島のシルエットは自然が生み出す橙と黒のコントラストに圧倒されます!!
仙台国際空港から徒歩約20分で岩沼市千年希望の丘に着きます。途中の道のりは本当にすすきの生えた空き地が広がっているだけで、民家や畑があったとは到底思えない光景でした。仙台空港着陸前にも空から同じ場所が見えましたが沿岸部には茶色いさら地が続いていました。もとの街の再建にはまだまだ時間がかかりそうでした。
沿岸にある円形の古墳のような小高い丘は、また津波が襲ってきたときの避難丘や防波堤にもなり、東日本大震災の記憶を千年先まで伝えるメモリアルパークでもあります。高さは最大のもので海抜11メートル。がれきを土台にし、その上に土を南総にも重ね、表面に全国各地の学校などで育てられた低木が植えてあります。
私が通っていた中学校でも2015年からこのプログラムに参加し、ハンノキの苗を1年半ほど育てていました。その後、生徒会の代表者が岩沼市まで植樹しに行っていました。何百キロも離れた地で再び会うことが出来ました。
この旅で最初に乗ったのは仙台空港アクセス線。途中から女子トークが入っていますが気になさらないでください。