どうやら最近の日本人には、かなり狭量な人間が増えてきたようだ。 俺は、中川昭一のG7の日本人記者相手の記者会見の模様を見ながら、 「可哀想にお疲れ様」と思うと同時に「人間らしく微笑ましい」とも思った。 俺が、もしその会場に居たら、お布団でも敷いてあげたかった。 添い寝まではしないけど(笑)。 彼の行動が飲酒によるものか風邪薬によるのか、それとも何者かの 謀略によるものか・・・。そんな事、俺はあまり関心がない。 人間、誰だって、一度や二度の大失敗なんてあるはず。 個々に思い返してみれば、「ハぁーッ」と顔が真っ赤になるほどの大失敗など いくつかあるはずだ。だって、それが人間なんだ。 しかしながら、 日本のマスメディアは、中川昭一への執拗なバッシングをやめようとは しない。なぜなら、麻生太郎という本丸を目指しているからだ。 中川昭一が、酒に酔った勢いで核ミサイルの発射ボタンを 押したわけじゃあるまいし、 「日本の国家予算ぜんぶ持ってけ泥棒!ぶはぁ~」と言ったわけでもあるまい。 中川昭一は、日本の財務大臣としてG7に出席し、 その職務を全うしたわけじゃないか。 それで?中川昭一のどんな点が問題なのか、は~ん? 日本人記者相手の記者会見で「中川昭一のあの姿」が醜態? 俺はそうは思わなかったな。俺は、 「さすが大物政治家。カッチョエエエエ!」と笑いながら叫んだ。 中川昭一を叩く日本人には、 「あれぐらい許してやれよ、だって人間なんだから」とも思った。 昔、ロシアのエリツィンが酔って橋本首相と ダンスしているのを見てクスクス笑ったことを思い出した。 エリツィンが赤ら顔ではしゃぐ姿に「いいなあ、ロシア人つーのは!」と 感心したぐらいだ。 旧来の日本人は、 人間臭い失敗に対し「人間的な可愛らしさ」を憶えるほど 寛容であったはずだ。 日本人を「無表情で何を考えているか分からない」などといった 「エコノミック・アニマル」的ステレオタイプに嵌った外国の人が、 「日本人も俺たちと同じ人間なんだ」と安心できたのでは? YouTubeの「中川昭一・G7」の動画への書き込みを読みながら、そう思った。 しいて言えば「日本の恥を晒した」と評するよりも 「身近で等身大の日本人」を 外国の人は感じていただけたのではないか。 海外のテレビ局のキャスターが中川の真似をしたのも 卑下を意図をしたものではなく、 「ひゃあー、人間臭くて面白れぇ~」と思ったからに他ならないのだ。 それを「日本の恥を晒した」などとヌカす日本人はよほどキンタマが小さい奴だ。 そうは思わないか?なあ、セニョール。 にもかかわらず、「醜態、醜態!」と中川バッシングを執拗に続けるマスメディア。 今回、俺が最も危険だなと思った点は、 麻生内閣発足当時から、各社、横並びになって、 些細なことで麻生政権を執拗に叩きコキおろしてきたマスメディアの 異常な行動に、なんら疑問も持たず、ただただマスメディアの見え透いた 魂胆ありありの煽り・扇動にまんまと乗せられ、一緒になって、 中川昭一を叩く日本の一部の人々。 これこそが、いまの日本の病んだ状態なのではないか・・・そう思った。 それでも「醜態、醜態」と騒ぐ奴は、鏡でじっくりと己の醜悪な顔でも眺めるがよい。 俺は、マスメディアがいかに中川昭一を叩こうと、麻生太郎をコキ降ろそうとも、 徹底的に中川昭一と麻生太郎をトコトン擁護してやろうと思った。 […]