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Pursue the full restoration of Japanese sovereignty

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【緊急集会】慰安婦問題「日韓合意」と日本の前途  昨年の暮れの12月28日、慰安婦問題の「解決」のために突然になされた「日韓合意」。これは日韓両国のみならず、世界各国で大きなニュースとして取り上げられた。 果たしてこの合意によって、慰安婦問題は本当に解決に向かうのか。国際社会はどう捉えているのか。 「日韓合意」を徹底検証し、今後の日本がとるべき方針を緊急提言する。 と き: 平成28年2月10日(水)13時開会 ※12時30分受付開始、参議院議員会館の受付付近で集会スタッフが通行証をお渡しいたしますので、そちらまでお越し下さい。 会 場: 参議院議員会館 1階講堂 (東京メトロ永田町駅より徒歩3分、国会議事堂駅より徒歩8分溜池山王駅より12分) パネリスト: 西村幸祐(批評家・ジャーナリスト) 藤井厳喜(国際問題アナリスト) 藤岡信勝(拓殖大学客員教授) 松木國俊(朝鮮問題研究家) 目良浩一(GAHT代表) 山本優美子(なでしこアクション代表) (ほか調整中・敬称略) 参加費: 無料(事前申込不要) 主 催: 慰安婦の真実国民運動(代表:加瀬英明) 東京都文京区水道2-6-3-203 新しい歴史教科書をつくる会内 (電話)03-6912-0047 (FAX)03-6912-0048 (メール)ianfu-shinjitu@tsukurukai.com  

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武蔵野市議会は、偏ったマスコミ情報にもとづいて「地方自治の尊重を政府に求める意見書」称する、辺野古移転計画反対の決議を行い、稲嶺沖縄県知事はこれを受け武蔵野公会堂で公演を行いました。まるで、辺野古移転移反対が県民の意思であるかのように思い込んでいる武蔵野の人々に対して、沖縄県民の我那覇真子さん(琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会 代表)が、真実を訴えに武蔵野に参ります。 11月18日、下記のフォーラムが行われますので、みなさまのご参集をぜひともよろしくお願い申し上げます。 武蔵野フォーラム開催実行委員会 茂木弘道。 登 壇: 我那覇真子、山田宏、砥板芳行、呉善花 と  き: 11月18日(水)午後6時半~ 会 場: 武蔵野公会堂 (吉祥寺駅南口そば) 主 催: 沖縄の真実の声を聞く武蔵野市民の会※参加費無料

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パチンコ依存症は「癖」ではありません。これは治療の必要な病気です。 あなたのご家族や友人に、毎日のようにパチンコ店に入り浸っている人はいませんか。そんな人がいたら、「パチンコ依存症」を疑ってください。パチンコ依存症は“癖”ではありません。“癖”なら、本人の努力次第で改善することができます。しかし実際には、パチンコをやめたいと思っていても、どうしてもやめられなくなってしまっている、本人の意思ではもはや自分の衝動をコントロールできなくなってしまった状態、これはまさしく心の病気です。WHO(世界保健機関)は「ギャンブル依存症」を治療の必要な精神疾患として認定しています。そのギャンブル依存症の中でも、最も進行性が高く恐ろしい病的賭博(とばく)のひとつがパチンコ依存症です。パチンコ依存症の最も悲劇的な点は、本人自身の人生を破滅へと追い込むだけにとどまらず、多くの場合、その配偶者や親や子供らといった家族までが巻き添えにされてしまうことです。さらには、パチンコが原因とされる事故や事件が増加し治安の悪化を招いてきました。母親がパチンコに熱中するあまり駐車場に停めた車に閉じ込められていた幼児が熱中症で死んだ事故、パチンコ代欲しさに窃盗や強盗殺人に及ぶ事件。パチンコ依存症は人格までも破壊する恐ろしい病気です。「パチンコがしたい」という衝動を抑えきれず情緒が不安定になり、かつて子供好きだった人が自分の子供に愛情が持てなくなり、仕事熱心だった人が会社をサボるようになり、誠実だった人が嘘をつくようになります。パチンコに関連した事件・事故は、本人自身の問題というより、パチンコ依存症という病気によって引き起こされた可能性が高いと考えてください。ある調査によると、現在、パチンコで遊ぶ人の数は約1千3百万人とされ、そのうち治療の必要なパチンコ依存症の患者数は、少なく見積もっても200万人を突破していると推計されています。その200万超のほとんどの人々が、自分が病気であるという自覚(=病識)もなく治療を受けず、借金を重ねながらパチンコ店に通っています。しかも本人の心の中では、「パチンコをやめたいけど、どうしてもやめられない」と悩み、そして時には「いつかはやめられるさ」と諦めと開き直りの感情を抱きながらです。パチンコ依存症の患者たちは、やめられない自分の意思の弱さを責め、次第に激しい自己嫌悪に陥り、最悪の場合、自殺を選ぶようになります。この国は恐ろしい精神疾患を招く危険なパチンコを長い間放置してきた一方で、タバコは健康を害するという理由から排斥してきました。であれば、タバコよりはるかに有害なパチンコを公衆衛生(精神衛生)の観点から見直すのは、しごく当然のことです。 1年間で、ひとり平均160万円をパチンコに使っています。 パチンコで遊ぶ人口が1千3百万人と先に述べましたが、ひとり当たり、どれくらいのお金をパチンコに使っていると思いますか?驚くべきことに、ひとり当たり1年間で160万円です。彼らの年収は、いったいどれほどなのでしょうか?パチンコに年間160万円も使うことができるほど経済的に余裕のある人たちなのでしょうか?いいえ、実際にはそうではないようです。生活保護費や年金の支給日になると、パチンコ店のその日の売上がいっきに上がると言われています。射幸心を煽られ、なけなしの金を元手にパチンコで増やそうと躍起になる客。負ければ負けたで、その負けをまた同じパチンコで取り戻そうとする客。結果、ひとり平均で年間160万円もの大金をドブに捨てているのです。すぐに手元の金は無くなり、サラ金から借りてまでパチンコをやる。やがて数百万、数千万円の借金を抱えていきます。ある人は私に問います。「ギャンブルにはパチンコ以外に競馬や競輪などいろいろあるが、なぜパチンコばかりを叩くのか」と。私は答えます。「パチンコは競馬や競輪などの公営ギャンブルとは根本的に違う」と。その理由を挙げると、まず競輪・競馬などはレースが開催される日がひと月に数度と限られていること。さらに開催場所は首都圏でも数ヶ所に限られ、観戦に行くには電車などの交通機関を利用しなければならないこと。つまり、公営ギャンブルにおいては、こうした不便さが「ハードル」となって、賭け事にのめり込みがちな心に歯止めをかけているのです。しかし、一方のギャンブル・パチンコは、駅前や商店街といった身近な場所にあり、連日休みなく朝10時に開店し夜11時まで営業を続け、人々にとって手軽なギャンブルとなり、さらには、人気のアニメやドラマをキャラクターとして用いた新台を次々に投入し、テレビ・コマーシャルを打ち、さかんに射幸心を煽っています。その結果、パチンコで遊ぶ人たちの心の歯止めが効かず、パチンコ依存症という精神疾患を蔓延させてきたのです。競馬や競輪などの公営ギャンブルは、国や自治体によって運営され、その収益は国庫や地方に納付され地域の福祉を支えてきましたが、パチンコは私設のバクチ場として、連日休みなく朝から晩まで、経営者側の不健全な形によって、あくまで経営者側の私的な利益をひたすら追求してきたのです。 東電管内のパチンコ店の電力消費量は415万kW、一般家庭43万世帯分。 左の表は、読売新聞3月24日朝刊の計画停電に関する記事の中で使われた「東京電力管内の主な産業や施設などの電力消費量」の一覧表です。これによれば、東京電力管内のパチンコ店が消費する1日あたりの電力の量は415万kW、一般家庭に換算すると、約43万世帯分に相当します。参考までに言えば、人口88万人の世田谷区がちょうど約43万世帯。東京電力管内にパチンコ店は約4千店。この4千店が世田谷区の43万世帯と同じ量の電力を消費していることになります。この新聞が発行された3月24日時点での東京電力の電力供給量は約3700万kW。当時、パチンコ店が節電なしに営業していたと仮定すると、電力供給量の約10%以上をパチンコ店が消費していたことになります。4月半ばにおいても、駅ホームのエスカレーターは節電のため停止されたままです。電車の中の空調もオフになったままです。ちなみに、事故を起こした福島第一原子力発電所の1号機から6号機までのフル稼働での総発電力は470万kWだそうです。 自動車産業全体の売上40兆円、パチンコ業界は21兆円。 パチンコ業界の年間売上は約21兆円で、自動車産業全体の売上が約40兆円と聞けば、パチンコ業界の売上がいかに巨大であるか理解できます。自動車産業は、日本の基幹産業として輸出され外貨を稼ぎ日本経済を潤し、国民生活を豊かにしますが、パチンコは何を生産しているのでしょうか。パチンコが生み出しているものは、依存症で苦しむ患者の増大と家庭の崩壊、そして治安の悪化だけです。社会の不幸のみを生産するパチンコをこれまで通りの営業を続けさせてよいものでしょうか?3月11日の大震災を機として、いま一度、考えてみるべきだと思います。パチンコに興じる1千3百万の人々が投じる21兆円ものお金をパチンコ以外で使ってもらえれば、この国の経済は、瞬く間に活性化し、大震災からの復興を見事に遂げることができるのです。1年間にパチンコに使う160万円で、新しい自動車を買い、電化製品やインテリアを揃え、家族や友人たちと旅行や外食を楽しむことによって、そこに新たな市場が出現し、そこに産業が起こり、雇用が創出されることになるでしょう。かつては、韓国や台湾にもパチンコがありました。しかし、「人間を怠惰にして、人生を狂わせる」という理由で全面的に禁止されました。パチンコによって狂わせられたままの国、それが日本です。日本社会を内側から蝕(むしば)んできた元凶、それが駅前のアヘン、パチンコなのです。 上記の文をA4両面刷りのチラシとして制作しました。全国での拡散をお願いします。pdfファイル(266KB)としてアップロードしましたので、自由にダウンロード、印刷して使ってください。ここからダウンロードできます⇒pachinko_chirashi0507.pdf (266KB) 追記 - 2011年5月12日 パチンコは娯楽ではなくパチンコは違法賭博です。 パチンコは娯楽やレジャーではありません。パチンコは疑う余地もなく賭博(とばく)です。パチンコが賭博ではないと否定する人はいません。いや、おそらくパチンコ屋さんだけが口が裂けても「博打」とは公言しないでしょうが。パチンコ業界は「三店方式」という用語を使い賭博ではないと詭弁を用いて世間を煙に巻いてきたにすぎません。パチンコ屋で得た景品が、交換所で現金化され、その景品がもとのパチンコ屋に戻ってゆくのですから、否定しようのない違法な賭博なのです。 もちろん、賭博には、パチンコ以外に競馬、競輪、競艇など公営ギャンブルといったものがありますが、パチンコは私設の賭場であり、公営ギャンブルとは異なります。日本国には、パチンコのような私設の賭場を固く禁じた法律が存在します。刑法・第2編第23章「賭博及び富くじに関する罪」とあり、その第186条の2に「賭博場を開帳し、又は博徒を結合して利益を図った者は、3月以上5年以下の懲役に処する」とあります。日本は法治国家なのですから、当然ながら警察は社会の治安と秩序を維持すべく、粛々と法令の職務執行を行わなければなりません。しかしながら、警察はその職務を怠り、パチンコを違法と熟知しながら、眼を瞑り、それを摘発せず、一方では、カジノにおける三店方式や仲間同士のお遊びである野球賭博や賭け麻雀を取り締まるといった、一貫性のない、きわめて公平性の欠ける姿勢をとっています。つまり、警察自身が、法と正義に背を向けてしまっているのです。 パチンコ屋からの多額の金にどっぷりと浸かってしまった警察。このような堕落しきった組織が日本の警察です。今や、この国のどこに正義があるのでしょうか?すべての警察官が悪人とは言いません。しかしながら、ある程度の数の悪人を警察内部に抱えていることは事実です。そして、彼らの背任行為を見てみぬフリをしてきた周囲の警察官。警察内部に、この国を憂う正義感を持った警察官が内部告発と浄化に立ち上がる日がくることを期待すると同時に、私は、この国を変えることができるのであれば、躊躇なく「暴力」を行使するでしょう。この日本国内において、流血を伴う暴力が必要な時期がもうそこまで来ていると思います。革命には、かならず流血を伴うものだと思います。でなければ、この国には未来はないのです。次世代に、違法なギャンブル・パチンコを残してはなりません。正義に背を向け悪の権化と化した警察官、これ以上のさばらしてはいけないのです。戦いましょう。 追記 - 2011年5月17日 5月25日(水)はパチンコ違法化を求める議員と国民の大会へ 5月25日水曜日、東京都豊島区の豊島公会堂にて、荒川区議会議員・小坂英二氏を代表世話人とする「パチンコ違法化大幅課税を求める議員と国民の会設立大会」(入場:無料)が開催されます。ぜひ、多くの方々のご参加をお待ちしております。 日時:平成23年5月25日(木) 18:30開会(18:00開場) 場所:豊島公会堂(池袋駅東口下車徒歩5分・豊島区役所隣り) 東京都豊島区東池袋1-19-1 Tel.03-3984-7601 プログラム: ・若宮 健 氏:基調講演(「何故、韓国はパチンコを全廃できたか」著者) ・パチンコ依存症で苦しまれた方たちの体験談 ・来賓よりの挨拶 ・シンポジウム ・賛同議員からのアピール ・共同宣言採択他。詳しくは、http://kosakaeiji.seesaa.net/article/187462302.html 追記 - 2011年5月23日 震災後2ヶ月後の首都圏に住む3千人超の人を対象に「節電のために減らしてよいもの」と「減らしてもらいたくないもの」を訊ねた調査結果を(株)クロス・マーケティングと(株)リサーチ・アンド・ディベロプメントの共同で発表しました。その調査結果によると、全体の77.6%が「節電のために減らしてよいもの」として「パチンコ・ゲームセンターの消費電力」と回答しており、他の選択項目を凌いで1番となっています。この結果は、震災後の計画停電で多くの人々が不自由な生活を強いられている最中、駅前のパチンコ店だけがチンチンジャラジャラと朝から晩まで通常営業をやっていることへの強い不満の現われだと思います。                 調査概要: ■対象地域: 首都圏40km圏 ■対象条件: 18~74歳男女個人 ■実施時期および有効回答数: 2011年5月12日~5月15日 [3,050サンプル] ※いずれの調査についても、性別、年齢別に首都圏の人口構成比に比例するよう回答データに補正(ウェイトバック)をかけている。 駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ。 女性専用車両-社会に注入された猛毒 日本人とは何か(1) […]

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計画停電下でのパチンコ店営業、呆れた無節操さ。 東北の太平洋沖で大地震が発生した3月11日が金曜日。その3日後の月曜日、3月14日の朝、職場へ向かうべく駅まで行くと、駅のシャッターが完全に降りていた。「計画停電のため終日運休」と張り紙があった。仕方なく、駅から自宅へ今来た道を戻り始めた矢先、チンチンジャラジャラといったパチンコ店の音。思わず、パチンコ屋のドアを開け、豪雨のようなパチンコ玉が流れる音と耳をつんざく電子音の中をカウンターにまっしぐら。「おい、店長呼べ!」と怒鳴ると、「どうしましたか!?」と茶髪の女。「どうもこうもない!なに営業やってんだ!」「はぁ?」「はぁ、じゃない!はやく店長呼べ」と大声で言うと、カウンターの後ろから店長が現われ、「いきなり何ですか?あなたは」とキョトンとした表情の店長。「この町全体で節電やっているのに、なんでお前の店は営業やってんだよ。駅でさえシャッター閉めてんだぞ!」と言うと、「私たちは、これが仕事ですから」と店長。「みんな節電に協力して仕事やってないんだよ。第一に職場に辿り着けないんだ。わかったか!はやく店、閉めろぉぉぉ!」と超大声で怒鳴り散らかすと、パチンコやってた客がみな口をポカンと開けて、こちらを見ている。店長が「お客さんが迷惑してますよ。営業妨害ですよ!」、私が「なにが営業妨害だ。俺は営業をやめろって言ってんだ!!!」と怒鳴ると、「警察に通報しますよ!」と店長。・・・とすったもんだしていると、偶然自転車で通りがかった警官。「どうしました?」 、私はすかさず店長を指さしながら、「おまわりさん、コイツを国家反逆罪で逮捕してください」・・・と、後の話は割愛させていただきますが、一応これ、ノンフィクションです。 東電管内のパチンコ店の電力消費量は世田谷43万世帯分。 福島第一原発事故以降、計画停電や節電の呼びかけが行われ、駅のエスカレータの使用が控えられ電車内の空調や照明まで消されている最中、なぜパチンコ店が朝10時から夜11時までの平常営業をやっているのか?読売新聞3月24日朝刊の「東京ドームでのプロ野球公式戦の開幕戦延期云々」の関連記事の中で使用された資料中に、「東京電力管内の主な産業や施設などの電力消費量についての一覧表」が掲載された。その表によると、東京電力管内のパチンコ店が消費する1日あたりの電力の量は415万kWh。一般家庭に換算すると、約43万世帯分に相当するとしている(参考:世田谷区は約43万世帯、人口88万人)。この新聞が出た3月24日時点での東京電力の最大電力供給量は約3700万kWhであったのだから、パチンコ産業だけで(営業自粛なしの条件下で)、電力供給量の約11%を消費していたことになる。読売新聞は、この数字は、平成22年12月の全日本遊戯事業共同組合連合会の調査報告書にある数字に基づき算出されている。この調査報告書によると、全国11,579のパチンコ店を対象とし、その83.5%にあたる9,666店が回答し、うち電力消費量について82.1%が回答。その結果、全国の9,512店の電力の年間の総消費量は約81億1千万kWhで、うち東京電力管内が15億1千万kWh。その年間の総消費量15億1千万kWhを365日で割って、約415万kWhを算出した。石原慎太郎氏は、都知事選挙の際、「東京電力管内のパチンコ店は1日あたり450万kWhの電力を消費している」と言ったが、読売新聞の415万kWhという数字は、パチンコ店全店の約82%ほどのカバー率である調査に基づいて算出されたものだから、回答率を100%と考えて推計すれば、ほぼ450万kWhとなるので、ある程度、妥当な数字と言えよう。であれば、福島第一原発の総発電量は470万kWであるから、東京電力管内の3600店(+α)の全店の電力を賄うために、この原子力発電所は建設されたようなものだという考え方もできやしないか。 パチンコは娯楽ではない、パチンコはアヘンだ。 私は、計画停電の有無に関係なくパチンコに反対である。また、パチンコ店を経営者の9割以上が在日朝鮮人・韓国人および帰化した人であるという理由からパチンコに反対しているわけでもない。売上げが朝鮮総連を通じてテポドン・ミサイルになって日本に帰ってくるからでもない。純粋にパチンコは諸悪の根源であり、日本社会に注入された猛毒、根元から断つべき存在だと、私は、そう純粋に考えている。パチンコは娯楽ではない。パチンコは博打だ。しかも、ユーザーを依存症へと引きずり込み、最終的に人生や家庭、そして社会そのものを崩壊させる現代のアヘンであるからだ。多くの人がパチンコに嵌り、街金から金を借り、経済的に破綻し、金銭問題で夫婦の絆・家族との絆をズタズタにし、金欲しさに犯罪に走り、本人の人生が破綻するばかりでなく周囲の人間までを悲痛のどん底へと陥れ、社会全体の治安を悪化させる。そんなパチンコ店が日本じゅうの駅という駅の前に必ずある・・・。異常だとは思わないか?ある人は言う、「パチンコは娯楽だ。パチンコは楽しい」と。私は言う、「楽しい?ほう、では換金をするな。純粋にパチンコというゲームをただ楽しめばよろしい」と。ある人は言う、「それだけでは面白くないんだ。やっぱり金を賭けて、儲かるからパチンコは面白いんだ」と。私は言う、「やっぱり金か。あなたはパチンコという賭博が面白いと言っているんだよね。儲かるから面白いのであるなら、儲からなければ面白くないのか?」と。ある人は言う、「パチンコで4、5万使ってしまった日には、負けた悔しさを通り越して、なんて俺って馬鹿なんだろうって落ち込んでしまう」「じゃあ、止めればいいじゃない」と私が言うと、「でも翌朝には、昨日の負けを取り戻さなくちゃって思ったりしている自分がいる」と。私は問う、「それで、昨日の負けが取り戻せたのか?」と。すると「前日の負けが戻せる場合もあるし、戻せない場合もある・・・どちらかと言うと戻せない場合が多いな」と言う。私は「じゃあ、結局は負けが込んでいるじゃないか。この1年でいくら使ったんだ?いくら負けたんだ?」と問うと、「いくらだろうか?考えたくもないなあ」と答える。「じゃあ、ひと月にパチンコにいくら注ぎ込んでいるんだ?」と訊ねると、「14、5万ぐらいかな。でも勝つこともあるよ。たまにだけど。3、4万ぐらい」と顔が曇る。私が「パチンコのどこが娯楽か!地獄そのものじゃないか。パチンコ、思い切ってパチンコやめろよ!」と言うと、この人は自分の頭を抱えながら、「パチンコやめたい、でも、どうしてもパチンコやめられないんだ!」と言う。私は答える、「それは病気だよ。パチンコ依存症だ。然るべき治療の必要な病気だ。ところで、2年ほど前に、付き合っていると言っていた彼女は?いまどこ?」、「・・・・」。彼は、常にパチンコをやめたいと苦しんでいるが、パチンコ店の前を通ると、つい店に入り、パチンコ台の前に座っていると言う。負けるとひどく落ち込むが、負けが込むほど、なんとしても負けを取り戻さなければと思うらしい。寝ても醒めても、パチンコ台のリーチの瞬間のけたたましい音と派手な照明のフラッシュが、常に彼の頭の中でチラついているらしい。手に汗握るリーチの瞬間を求め、パチンコ台の前に座るのだと。彼が街金から200万円ほど借金をしていることを知った。2年ほど前まで付き合っていた彼女は彼にパチンコをやめるよう何度も懇願し、いつもそれが喧嘩のもとだったそうだ。やがて彼女は彼から去っていったそうだ。私は彼を救いたいと思った。パチンコに嵌る彼が悪いのか?それとも、うまく人が嵌るように射幸心(しゃこうしん)を煽るパチンコ店が悪いのか?それを摘発して廃止しない今の政府が悪いのか?そもそもパチンコは娯楽ではない。パチンコはアヘンだ。そして彼はアヘンの常習者であり、パチンコ店はアヘンの売人である。まず第一に取り締まるべきはアヘンの売人だ。私は、ひとりでも多くの人がパチンコで不幸に陥ることのないよう、日本全国のパチンコ台をすべて焼き払いたいと思った。 職業には貴賎がある。 私が「パチンコ店を廃止せよ」と主張すると、「パチンコ店で働いている人たちの雇用はどうなるのか?生活はどうなるのか?無責任なことを言うな」という人がしばしば現れる。私は答える。「この機会に転職すればよいではないか?もっと他人を幸せにするような仕事を探せばよかろう。この国には職業選択の自由がある。他業種に自由に移ることができる」と。大変面白いことに、パチンコ・ファンらしき人は「パチンコは楽しい、パチンコは娯楽だ」と言うが、パチンコ店に勤める店員のほとんどの人がパチンコをしない。自分では好ましく思っていない商品やサービスを客に熱心に勧める業界を、私はパチンコ産業以外に知らない。パチンコが本当に面白いモノであって、パチンコが客を本当に楽しませ満足させるものであるならば、パチンコ店に勤めている人間は暇な時間はパチンコをいじって遊んでいるはずだ。しかし、それは皆無だ。なぜなら、彼らはパチンコ店の裏側を知っているからだ。パチンコが儲からない仕組まれた博打だと知っているからだ。そしてパチンコがいかに恐ろしいものかを熟知しているからだ。パチンコ産業で働く人々は、パチンコは予め仕組まれた馬鹿々々しい博打であり、パチンコに嵌った客は愚かで可哀想なカモだと思っている。日本人はしばしば「職業に貴賎なし」という文言を口にするが、私は職業には貴賎があると思う。他人を幸せにする仕事がある一方で、他人を不幸にしてしまう仕事がある。他人を不幸に陥れる仕事は、やはり卑しい仕事だと思う。収入が多少よいからという理由で、他人を騙したり、貶めたりする仕事はやめるべきである。やはり仕事というのは、自分の労働の報酬として客の満足した笑顔を見ることと心得るべきだと思う。「職業に貴賎なし」という文言は、自己を犠牲にしてまで他人の命を救おうと、社会のために貢献しようとしている多くの人々を、泥棒や詐欺師と一緒にするようなものである。 パチンコを廃止すれば、日本は必ず再生する。 日本の国の税収は36兆円、そしてパチンコの市場規模は23兆円(数年前まで30兆円を超えていた)。1年間にパチンコに23兆円という膨大な金が湯水のように流れている。パチンコをやる人は、パチンコやるはずのお金で、新しい車を買えばいい。ちょっとおしゃれな服や靴を買えばいい。家族や彼女と普段は行くことのないレストランで食事すればいいと思う。パチンコに流れる23兆円という膨大な金が動くことで、顕著な経済効果をもたらす。新たな需要が喚起され、そこに新しいマーケットが出現し、新しい産業が起こり、雇用を生む。ちなみに日本の自動車産業は約44兆円だそうだ。全国からパチンコ店が無くなれば、日本は必ず再生に成功する。 追記 - 2011年4月20日 津波よ、我欲の塊・パチンコを一気に洗い流せ。 震災から3日後の3月14日に記者会見した石原慎太郎氏の「津波で我欲洗い落とせ・・・天罰だと思う」との発言。多くのマスコミ、特に朝日や毎日などの反日マスコミを中心に、石原氏の「天罰・・・」の言葉尻を捉え、ここぞとばかりに、石原氏があたかも「被災者が津波にあって亡くなったのは天罰だった」と発言したかのように印象を操作する報道を行った。それに煽られた情報に対してフィルターを持たない多くの人々が異口同音に「天罰なんて酷い、不謹慎だ、被災者は天罰で死んだのではない」と石原氏を批難した。それじゃあ、石原氏のこの天罰発言を批難した人々は何をしていたかというと、食料が無くなると聞くや、普段は口にもしないようなカップラーメンを大量にカゴに入れ、スーパーのレジに並び、水道水にわずかでも放射能が検知されると、ミネラルウォーターのペットボトルを買占めに走る・・・なんとも浅ましい。テレビの画面で被災者の悲惨な現状を見ては、ネットの掲示板に「泣けてくる~(´;ω;`)」などと書き込みながら、次の瞬間、スーパーで食料買占めで己の我欲をむき出しにする。いまの日本人にはプライドも人間としての尊厳の欠片さえもない。餓鬼道に落ちてしまった亡者たちの姿だ。石原氏の言うところの天罰は、日本人にひとりひとりに降されたのだと思う。 レジャー白書2009によると、パチンコの遊戯人口は1700万人以上とされ、ひとりあたり年間20回以上パチンコ店に通い、1年間で12万円以上を使ったとされている。この情報はあくまで「平均」であり、パチンコ店に嵌った客、付き合いでパチンコ店にちょっと寄っただけの客、それらを合わせて割って平均を求めただけの数字だ。これはレジャー白書にはない情報だが、パチンコ店側の情報によると、役所での生活保護費の支給日や年給支給日となると、その日は他の日に比べてパチンコ店の売上げが著しく伸びるそうだ。つまり言うまでもなく、これは生活保護費を受けるだけの低所得者が生活保護費を握ってパチンコに通っていることを示している。自分で働いて得た金ではなく、生活に困窮している者へ支給される公の福祉の金、つまり税金がパチンコに使われているという現実。そして、この少ない手持ちの金=生活保護費を射幸心に駆られて何倍かに増やそうと、絶対に勝ち目の無いパチンコに湯水のように注ぎ込まれている・・・これぞ我欲、これぞ餓鬼の世界だ。こんな哀れな日本の姿こそ本当の天罰だと思う。 参考までに-石原知事「津波で我欲洗い落とせ」「天罰だ」の真相 2011.3.14 21:37 東京都の石原慎太郎知事は14日、東日本大震災への国民の対応について記者団に問われ、「我欲で縛られた政治もポピュリズムでやっている。それを一気に押し流す。津波をうまく利用して、我欲をやっぱり一回洗い落とす必要がある。積年にたまった日本人のあかをね。やっぱり天罰だと思う。被災者の方々はかわいそうですよ」と述べた。知事は一連の発言の前に、持論を展開して「日本人のアイデンティティーは我欲になっちゃった。アメリカのアイデンティティーは自由。フランスは自由と博愛と平等だ。日本はそんなもんない。我欲だよ。物欲、金銭欲」と語っていた。同日、この後に開いた記者会見で「天罰」の意味について「日本に対する天罰だ」と釈明。「大きな反省の一つのよすがになるんじゃないか。それしなかったら犠牲者たちは浮かばれない」と話した。 MSN産経ニュース” target=”_blank”>http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110314/lcl11031421380004-n1.htm”> やめたいけど、やめられない-パチンコ依存症 女性専用車両-社会に注入された猛毒 日本人とは何か(1) 日本人とは何か(2)  TAMAGAWABOAT To the top

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Do you still believe that so-called the Nanking Massacre  (or the Rape of Nanking) actually happened in December 1937?  To be honest, I too had believed ‘the Nanking Massacre’ blindly until just 7 or 8 years ago. As I remember, when Ishihara Shintaro, the current governor of Tokyo was still a Diet member in the […]

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この文は、私が終戦の日を前にして8月13日に、このブログにあげたYasukuni Shrine-3の日本語訳です。ある意図(英語圏の人でなく日本人にぜひ伝えたいという思いがあり、若干、文章を変更しています)があって、和訳の文章は英文とは別のページとしました。 私は、あるユーチューブのビデオを観ました。64回目の大東亜戦争(驚いたことに、アメリカでは大東亜戦争のことを太平洋戦争と呼ぶらしい。中国戦線やビルマ戦線も太平洋なのか?)の終戦の日にあたる昨年の8月15日、靖国神社にて、ピエール・パリゾというカナダ人(フランス系かな?)が田母神俊雄・元航空幕僚長に対して失礼な言葉をかけ、周囲にいた人たちとの間で、ちょっとしたいざかいを起こしたというビデオです。ピエール・パリゾ氏は、講演を終えてあるケーブルテレビのインタビューに答えていた田母神氏に対して、突然、挑発的な言葉を投げかけました。「あなたがドイツ人だったら、あなたは憲法違反で逮捕されますよ。それをどう思いますか?」と。田母神氏の講演を聞いていた何人かの日本人が、このパリゾ氏の田母神氏に対する失礼な言葉に怒りをあらわにしました。 私は、日本人がパリゾ氏に対して怒る気持ちはわかります。しかし、このカナダ人にただどなり散らす日本人たちの態度にも少々がっかりしました。というのも、このカナダ人は日本人を最初から挑発しようと思ってわざと田母神氏に失礼な言葉をかけたことを、周囲にいた人たちは理解すべきでした。(しかしながら、彼らはその挑発に乗ってしまったのです) そして、私たち日本人が理解すべきことは、日本に滞在する欧米人10人のうち9人以上が、靖国神社や田母神論文について、このカナダ人・パリゾ氏と同様な考え方を持っているという現実を理解すべきです。ピエール・パリゾ氏は、過去に2~3回ほどジャパン・タイムズ紙に、靖国神社について否定的な記事を書いています。ほとんどの欧米人たちが、特に連合国(アメリカ、イギリス、オーストラリアなど)の人々は、自分たちは65年前、非人道的な独裁国家と戦い、そして人々をそれから解放したのだといった、いわゆるステレオタイプを持っています。それゆえ、連合国の人々が持つ歴史観を否定したり、それに反論するような人が現れたりすると、彼らは、決まってパブロフの条件反射のごとく、歴史修正主義者としてレッテルを貼ろうとするのです。右翼という言葉は、外国メディアによって、日本における歴史修正主義者という言葉に代わって用いられる用語です。歴史観の異なる相手に対して、しきりに歴史修正主義者とか右翼といったレッテルを貼ろうとする欧米人のほとんどが、実は最初から、歴史について議論などしようなどとは願ってはいません。だからこそ、ピエール・パリゾ氏は田母神氏に失礼な言葉を吐いた後、わざと顔にニタニタと嘲るかのような笑みを浮かべ、そしてそそくさと靖国神社から逃げるように去っていったのです。このカナダ人の最初からの目的が、日本人たちをただただ怒らせるつもりで、挑発したかっただけだったのは明らかなのです。(彼らって、結構悪質です) それで彼は何を欲してこうした行為をとったと思いますか?それは日本人に対する優越感でした。 実は、私も、ほんの数年前まで、ピエール・パリゾ氏と同様に、己の無知からくる思い込みで靖国神社に対するある種のレッテルを貼っていました。私は、靖国について、毒が盛られ耳をつんざく迷惑な音を撒き散らす右翼の下品極まりない黒い街宣車のイメージを持っていました。しかしながら、はじめて靖国の遊就館に入り、戦争で亡くなった6千を超える方たちの遺影の前に立ち、そして、たくさんの人々が残していった遺書を丹念にひとつひとつ読んでいくにつれ、私は、彼らが何のために死んでいったのかを理解し、遺書の中に、光輝く「人間の尊厳」を見ました。これほど眩しい「人間の尊厳」をかつて見たことは今でもありません。日本人は「人間の尊厳」などといった言葉を日ごろ簡単に使いますが、生まれながらにして「人間の尊厳」なんてあるとは私は思いません。自分の身を投げ出してまで、自分を犠牲にしてまで、他の人間を救おうとする姿、その瞬間こそ、人間は尊厳で輝くのだと思いました。 いったい彼らは何のために死んだのでしょうか。もし、あなたも先に述べたような思い込みしか持たないとすると、たぶん、あなたは「彼らは天皇のために死んだ」と答えるでしょうが。靖国神社・遊就館には、家族に宛てたたくさんの遺書がありました。これらたくさんの遺書は、なぜ彼らが命を懸けて戦ったのか、彼らは何を必死に守ろうとしたのかを私たちにに語りかけてきます。彼らには、命を懸けるだけの価値のあるものがあったのです。命と引き換えにするだけの価値があるものが、実はあったのです。妻、娘、息子、母親、そしてふるさと。彼らは命を賭してでも守るべきもがあったのです。私は問いたい。今の日本人にそれがありますか?今の日本人に命を賭すだけの価値あるものがありますか?その覚悟がありますかと。たとえ、戦場で「天皇陛下、ばんざい」と叫んで死んだとしても、彼らの最後の瞬間まで、いつも彼らの心と一緒にいたのは家族だったのです。そして最も私たちにとって重要なことは、これらの遺書は、日本の未来を将来の世代に託して死んでいったことです。死を決意し壮絶な想いで書き記した言葉と文字、それらは、どんな言葉よりも重いのです。彼らは日本の未来を、今に生きる私たちに託して逝ったのです。ですから、当然、命を懸けてこの国を守ろうとした人々の遺志を無視することは、決してあってはならないのです。しかしながら、日本のために人々が、今日の日本の有様を見たらどう思うでしょうか。子供が親を殺し、金と女に溺れる腐敗しきった政治家、そんな心の腐りきった社会のあり様を見たとしたら、きっと彼らはどんなにか嘆き悲しむことでしょう。今日の日本社会の堕落ぶり、日本人が終戦以来、ずっと靖国神社に背を向けてきた65年間の結果なのです。私自身、6年前、靖国神社にはじめて訪ね、そして自分がいかにそれまで感謝知らずの人間であったかを悟りました。 いま日本の政治の世界では、永住外国人に投票権を与えるべきか否かが議論を呼んでいます。私は日本政府にぜひ提案したい。私利私欲に駆られて日本にやってきた外国人に投票権を与える以前に、まずは優先的に靖国神社に英霊として祀られている2,466,532名の方々に投票権を与えるべきだと。私たちは決して忘れてはなりません。日本のために亡くなった2,466,532名の方々は、今を生きる私たちに、この日本を託したことを。私たち日本人は彼らの遺志に忠実に応える義務があるのです。そして、もうすぐ65回目の大東亜戦争の終戦の日がやってきます。靖国神社へ参拝の際には、ぜひ遊就館を訪ね、遺書を通じて彼らの想いに接していただければと思います。 TAMAGAWABOAT トップページから読む Yasukuni Shrine-3 駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ

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I watched a YouTube’s video that a Canadian named Pierre Pariseau said rude words against Tamogami Toshio (the former COS of Air Self-Defense Force ) and made a small trouble in Yasukuni Shrine on August 15th last year,  the 64th anniversary of the end of the Pacific War (=the Greater East Asian War).  Pierre Pariseau […]

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65 years ago today, for the first time in the history of humankind, the nuclear weapon was used against innocent civilians by America.  65 years ago today was Monday. At 1:30 am, early on Monday morning, August 6th in 1945, America’s B-29 bomber, the Enola Gay left Tinian Island in the western Pacific. At 8:05 […]

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2010年6月8日、映画「ザ・コーヴ」が市民団体の抗議を受けて一部の映画館で上映中止となったことについて、ジャーナリストや映画監督ら55人が8日までに反対の緊急アピールを発表し、配給会社や映画館に送付したというニュースが流れました。つきましては、以下は私からの彼ら(上映中止に反対する知識人たち)に対する反論です。 テロリストの作った映画に表現の自由を認めてはならない。-毎年冬になると、南氷洋において日本の調査捕鯨船団に対し繰り返し妨害を行う自称・環境保護団体シーシェパード。日本の捕鯨船に酪酸の入ったビンを投げ入れたり、危険なレーザー光線の照射、捕鯨船のスクリューにロープを巻きつけようとしたり日本船を沈没させようとするなど、シーシェパードの行為は嫌がらせのレベルをはるかに超えた国際海洋法に違反する犯罪であり許しがたいテロ行為です。映画「ザ・コーヴ」は、この悪名高いテロ集団・シーシェパードがプロデュースした反捕鯨を標榜するプロパガンダ映画です。監督であるルイ・シホヨスおよび映画に登場する元イルカ調教師のリチャード・オバリーの2人は、元シーシェパード・メンバーであり、この映画の本当の企画・制作者は、シーシェパード代表のポール・ワトソンなのです。しかしながら、日本ではその事実があまり知られていないようです。さらには、「ザ・コーヴ」をプロモートする配給会社含め評論家も、シーシェパードの関与については、なぜか堅く口を閉ざしたままです。 「ザ・コーヴ」はシーシェパードが作った危険なトロイの木馬です。-ぜひ、シーシェパードのウェッブサイトwww.seashepherd.orgを覗いてみてください。英語のページには、03年9月、シーシェパードが「イルカ・キャンペーン」と称し和歌山県太地町のイルカ漁の網を切断する事件を起こしたことが明記され、メンバー2人が警察に23日間拘留されたとあります。その際、同行していたのが、当時シーシェパードのメンバーだったリチャード・オバリーです。一方、ルイ・シホヨスは、05年に「海洋保全協会」(Oceanic Preservation Society, OPS)という団体を設立、映画「ザ・コーヴ」はこの団体の提供とのクレジットが付されていますが、この「海洋保全協会」のウェッブサイトのパートナーズにシーシェパードへのリンクがあります。さらに決定的なことには、映画「ザ・コーヴ」制作の基礎を築いたのはシーシェパード自身であり、リチャード・オバリーが太地町に出入りするためにシーシェパードを辞め、この映画の計画を暖めた後の07年にルイ・シホヨスが監督になったとシーシェパード自ら明記しています。時間は若干遡りますが、04年9月、シーシェパードは当サイトを通じ、太地町でのイルカ漁の映像とスチール写真について償金付きの公募を行っています。ビデオ映像1分につき500ドル、写真1枚につき250ドル支払うとありました。映画「ザ・コーヴ」がドキュメンタリーかプロパガンダかといったことを議論する以前に、この映画自体、シーシェパードが日本にしかけた精神テロであり、「表現の自由」を声高に叫ぶ者たちを巧みに利用し、彼らにその綱を引かせ日本人の精神構造の中へと密かに入城させようとする危険な「トロイの木馬」なのです。 「ザ・コーヴ」は日本人に対する人種ハラスメント映画です。-あなたのご自宅から最も近い食肉加工センターをご存知ですか?ご存知でなければ、一度、ネットで検索をしてみてください。食肉加工センター、いわゆる「屠殺場」の一番はじめの工程において、毎日どんな作業が行われているか、ぜひ見学してみてください。(しかしながら、他の工程は見学できても、この工程だけはなかなか見学させてもらえませんが) その一番はじめの工程では、後足を縛られ天井から逆さ吊りにされた牛たちが、前足をバタバタとさせながら工程ラインを次々に流れてゆきます。このラインの中ほどで、職人たちが大きなナタで牛の首を切り裂いています。ナタが振られた瞬間、牛は断末魔の悲痛な叫び声をあげます。急所を外された牛は激痛のあまりモガいています。そして、本当に「涙」を流すのです。そんな場面において、もし仮に、牛を映していたカメラが職人のほうへ向けられ、その顔が大きくアップで捉えられたとしたら・・・。そんな映像、いったい誰が許すのでしょうか(怒)。「表現の自由?知る権利の侵害?ふざけるな!」と思いっきり大声で怒鳴りつけたい気持ちになります。「表現の自由」とか「知る権利の侵害」とかにこじつけて、なんとかして「ザ・コーヴ」の国内での上映を実現させたいとする連中は、いったい誰のお陰で毎日、朝昼晩、飯を食べることができるのか、分かっちゃいないのです。屠殺場において生き物を締めて殺す仕事、この神聖な仕事があってこそ、人間社会は成り立ってきました。ですから、日本のみならず、世界どこの国においても、この領域は「アンタッチャブルな領域」と呼ばれてきたのです。そんな「わきまえ」もなく、昼飯にカツ丼を食ったその口から、ゲップ混じりに「表現の自由だ」「知る権利の侵害だ」といった発言がでてくる映画作家やジャーナリスト。なんて知恵遅れの連中かと驚きます。 「ザ・コーヴ」は、そうした「アンタッチャブルな領域」に密かにカメラを持ち込み隠し撮りを行い、そして世界に公開しました。「ザ・コーヴ」のクライマックス、イルカ漁で真っ赤に染まった入り江、銛を何度もイルカに突き刺すシーン、日本人の形相・・・。アメリカやオーストラリアの屠殺場で、牛の首をナタで切り裂く仕事をやっている人の顔をアップで映画に使えると思いますか?当然、使えませんよね。でも「ザ・コーヴ」では、イルカを銛で突く日本人漁師を撮影し、躊躇なく世界に公開している。それらの映像の中に、映画スタッフが故意に漁師たちを何度も挑発し、キレた漁師がカメラに向かって怒鳴っている表情をここぞとばかり撮影し、彼らを「マフィア」とまで呼んでいます。本当に卑怯な映画だとは思いませんか?本来ならば、そうしたシーンは「人権」に十分に配慮すべきところですが、この映画には何らその形跡が見えない。それどころか、より憎々しく見せようとする意図さえうかがえます。つまり、この映画は、世界に向かって日本人に対する不当な偏見や憎悪を撒き散らそうとするプロパガンダ、すなわち「反日プロパガンダ映画」なのです。 白人至上主義の白人らは、対象が同じ白人であれば、その相手の人権を尊重しますが、いざ相手が日本人となると、どうやら何をしても許されると思う傾向があるようです。シーシェパードが日本の捕鯨船に向かって投げつける酪酸の入ったガラス瓶。その瓶が粉々になった実物を、私は、今年5月27日、30日の2回、東京地裁の傍聴席で見ました。元シーシェパードのメンバー、ピーター・ベスーンの裁判にてです。検察側が ビニールに入った瓶の欠片を掲げると、法廷の中に強い「糞尿」の悪臭が漂いました。この極めて強い悪臭を持つ液体は、いったん服に付着すると、洗剤で何度洗っても取れないそうです。検察はベスーン被告に問いました。「このようなものを人に向かって投げつけてもよいと思いますか?」 ベスーンは答えました。「酪酸は人体に無害と聞いています」と。こうした白人は、日本人のことを「自分と同じ人間」だとは思ってはいないようです。きわめて悲しいことですが。 映画館は弱者ではありません。そうした印象操作が意図的に行われたのです。-私は独自に、「ザ・コーヴ」の上映を決めた映画館23館(6/21現在)のうち映画館8館(北海道・北陸・上信越・中国・四国・九州)の代表者の方に電話でインタビューを行いました。私が訊ねた質問は、(1)この映画を上映しようと決めた動機、(2)08年の映画「YASUKUNI」は上映したか否か、(3)この映画上映についての映画館への抗議の電話や街宣があったか無かったか、の3点でした。その結果、たいへん面白いことが分かりました。8館の映画館のすべてが、2年前の08年に映画「YASUKUNI」を上映しており、みな一同に口を揃えて「2年前のYASUKUNIは当たった」「たくさんのお客さんが入った」「興行的に大成功した」と回答され、そして今回の「ザ・コーヴ」の感想については、やはり8館ともに同じような回答で、それを要約すると、「映画の内容については不快。あまり良い映画だとは思わないが、実際に映画を観たいという客がいるのだから、上映する場を提供するのが映画館の社会的な責務だ」とお答えいただきました。さらに、「映画上映について抗議の電話や街宣の活動などありましたか?」と訊ねると、8館のうち、1館を除いて他すべてが「東京のほうは抗議で大変らしいが、幸いなことに、こちらのほうでは抗議の電話はほとんどない。むしろ、がんばって上映してくれとか、応援していますといった励ましの電話を複数いただいている」と回答されました。これらの回答を解釈するならば、映画「ザ・コーヴ」の上映は、映画館にとっての興行的な成功は予め担保されており、今回の映画も2年前の「YASUKUNI」の時と同じくらい「たくさんの客の入り」が期待できること、それが今回、映画館が「ザ・コーヴ」上映を決定した最大の理由であることが分かりました。つまり、上映を決定した映画館の実態は、「表現の自由を守る」という崇高な理想を掲げて立ち上がった映画館でもなく、右翼の圧力に晒されながらもじっと耐え忍んでいる弱者としての映画館でもない、また、「ザ・コーヴ」という映画に惚れ込んだわけでもないことが分かりました。ただただ金勘定、映画「YASUKUNI 」に次ぐ2匹目のドジョウを映画館は狙っているに過ぎません。しかし実際には、マスメディアを通じて、「右翼の圧力によって、泣く泣く上映中止に追い込まれている弱者としての映画館」といったイメージが急速に形成されていったのです。 本当に守られるべきは、「表現の自由」ではありません。-映画館は、「ザ・コーヴ」が上映できなければ経営に行き詰るというわけでは全くありません。映画館には「ザ・コーヴ」以外にもいろんな上映できる素材を選択することができるからです。映画館は、市民グループから「上映を中止しろ」と抗議を受けても「廃業しろ」とは要求されてはいません。しかし、「ザ・コーヴ」は、和歌山県太地町の人々に「イルカ漁をやめろ!」と訴え、「みんなでこの残酷なイルカ漁を止めさせよう」と観客の感情に訴えています。シーシェパードが企画・制作したこの映画は、太地町の漁師たちの人権を著しく侵害するだけなく、生活を維持するための生業(なりわい)そのものを奪おうとしています。太地町の人々の「生存権」が脅かされているのです。江戸時代初期までその歴史を遡ることのできる古式捕鯨発祥の地・和歌山県太地町。この町の人口は、捕鯨が盛んだった80年代初めには5千人近くいましたが、80年代後半に商業捕鯨が禁止されると、人口も徐々に減ってゆき、09年現在で3千2百人ほどになってしまいました。いまや捕獲数量が厳しく制限された枠の中で、ゴンドウクジラなどの小型の沿岸捕鯨とイルカの追い込み漁だけが行われているのです。その残された太地町のイルカ漁も、ここ数年来、シーシェパードをはじめとする環境保護団体に、毎年、執拗に妨害されてきました。09年に制作されたドキュメンタリー「太陽の町、黒潮と鯨と」(原題:Town of Sun, the Black Tide and Whales 米09年制作)というわずか17分の短い映画があります。この映画はYouTubeなどの動画サイトでご覧になれますので、ぜひ興味のある方は検索してみてください。(ご希望の方は英語タイトルにリンクされていますのでをクリックしてください)映画では、太地町の人がひとりずつ「太地町と鯨」についてのインタビューに静かに答えており、短いながらもよくまとまった作品です。その中で、太地町教育委員会の北洋司氏は次のように語っています。「太地町には、(イルカ漁の)シーズンになると、幾つかのグループがやって来て(漁師に対して)挑発行為をします。しかし、漁師は彼らの挑発に乗ってしまったら、もうお仕舞なのです。どんなに腹が立とうが絶対に挑発には乗るな、と我々は漁師に話しています。しかし人間だからどうしたってキレる時もでてきます。そんな時は、公権力である警察とか海上保安庁によって、傍若無人な行為をやっている人達を抑えてもらうしかないのです。常に『太地の人間からは絶対に手を出すな』と言っていますが、若い人たちには、無性に我慢できない時が当然ながらでてきます。だから、精神的な高揚を持続していくしかないのです。彼等(シーシェパード)はそれをよく分かっているからこそ、余計にそこへ手を突っ込もうとするんです。精神文化どうしのぶつかり合いならまだ何かしら方法があります。しかし、彼らには理解しようという意識はさらさら無いのです。そして、彼らにとって、それ(イルカ漁への妨害)がすでにビジネスになってしまっています。これは、彼らのビジネスと我々の歴史文化および精神文化との戦いなのです」と。03年9月に、シーシェパードは「イルカ・キャンペーン」と称してリチャード・オバリーほか数名のメンバーを太地町に送り、イルカを囲い込んでいる網を切断、メンバー2名が警察に逮捕される事件を起こしました。以来、毎年秋になると、彼らは映画の撮影スタッフと一緒に太地町にやってきて、漁師たちに挑発行為と嫌がらせを繰り返してきたのです。そのシーシェパードによる太地町の人々に対する嫌がらせの記録、それが映画「ザ・コーヴ」なのです。「ザ・コーヴ」上映をめぐる問題において、本当に守られるべきもの、それは「表現の自由」や「映画館の売上げや興行的成功」ではありません。本当に守られるべきは、南紀にある人口3千2百人の小さな漁村、太地町の人々の「ささやかな暮らし」なのです。 とことん騙してやろうという映画、それが「ザ・コーヴ」です。-いずれの映画においても、世間の注目度をいかにして高めるか、プロモーターはさまざまな仕掛けや策略をめぐらします。市民グループの上映中止を求める街宣活動を見たプロモーターは、この「ザ・コーヴ」においても2年前の映画「YASUKUNI」と似たような状況が作れると判断しました。プロモーターは、この市民グループが掲げる日の丸と拡声器でがなり立てる光景が、多くの人々の心の中にある「街宣右翼」に対するアレルギーを刺激し、彼らの主張とは逆の方向へ誘導できるはずだと確信したのです。そして、上映中止に追い込まれていく映画館を「弱者」に仕立て上げ、「右翼の圧力に苦しむ映画館」を応援していこうというキャンペーンを行いました。「表現の自由」という錦の御旗を掲げ、マスメディアを総動員し、日弁連、日本ペンクラブが続きました。再び2年前の「YASUKUNI」の再現です。しかし、この作戦は短期的にしか通用しません。おそらく1~2ヶ月後、踊らされた人々、動員された各連合会、マスメディアも含めて「好い面の皮だったよ」と自嘲すると思います。というのは、プロモーターが隠してきた「ある重要な情報」がすでに広まりつつあるからです。それが「ザ・コーヴはシーシェパードの企画制作によるプロパガンダ」です。プロモーターは言います。「映画を観てから堂々と議論しょう」と。きちんとした議論を行うためは、まずは必要不可欠かつ正確なバックグラウンドをきちんと伝えるのが、「議論をしよう」と呼びかける者の本来の姿勢ではないでしょうか。しかしながら、どこまでもこの情報を隠そうとするのです。撮影の手法が「騙し」なら、プロモートの手法も「騙し」です。何から何まで卑怯・卑劣、それが映画「ザ・コーヴ」の本質なのです。                   なお、シーシェパードと映画「ザ・コーヴ」についての密接な関係を調査していただいたMr.Hさんと彼のお友達に深く感謝します。 Mr.Hさんお友達ブログ(在米) http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-227.html ※上記内容を両面印刷のチラシとしてご利用いただければと思い、pdfファイルを用意しました。A4×4ページまたはA3×2ページ(A3の両面印刷で1枚のチラシが完成します)でご利用いただけます。大至急、拡散にご協力いただければ幸甚です。sea_shepherds_cove_0703revised (PDFファイル985KB) 追記 -2010年6月12日 6月9日(木)に創出版(代表・篠田博之氏)主催の映画「ザ・コーヴ」上映とシンポジウム(中野ゼロホール)に行ってきた。私が中野ゼロホールに到着したのが18時5分ほど前。開場は18時20分からにもかかわらず、すでに開場を待つ人たちの列が3つほどできており、しかも誘導の人がいないため、どこが最後尾かわからない状況だった。しかしながら、皆静かに列に並ぶ姿に、私は「ある種の秩序」を感じ、このシンポジウムにやってきた人たちのレベルの高さを感じた。この人たちだったら、理解していただけるだろう・・・私が持参したチラシの内容を、と思った。 早速、私は、開場を待つ人々の列にチラシを配り始めた。予め350枚用意したチラシは開場までの約20分間で、その配布をすべて終え、それでも足りなかったのでコンビにで30枚ほどコピーをした。主催者側によると、前売り券を持ってた方550人、キャンセル待ち約100人、合計650人だったので、約6割近くの人が、私が用意したチラシを受け取ってもらったことになる。皆さん、開場待ちで手持ち無沙汰ということもあってか、チラシをじっと読む方も多く、私のチラシに対する反論としての意思表示をされた方も3名(男性2名、女性1名)いた。開場後は、コンビ二でコピーしたチラシをメディアとシンポジウムのパネラーの方々を中心に配った。 私が会場の階段付近で、会場に走りこんでくるメディアの方々にチラシを配っているとこへ当シンポジウムの主催者・篠田博之氏がやってきてきて「あなたは主権回復の会員なのですか?」と訊ねてきた。「いいえ、会主催の街宣にはときどきは参加はしますが会員ではありません。そもそもあの会の会員が誰だか存じてませんが」と答えると、「チラシを配るのであれば、主催者側の了解をとるべきではないかと思うけど」と言うので、私はわざとポー(はあ?という感じ)ととぼけたフリをしていると、「まあ、それはあなたの表現の自由だから何も言えないけど、それにしても、このチラシの中の<表現の自由を認めてはならない>というのはやめてもらえないかなあ」と篠田氏。私は「シーシェパードというテロリスト集団が作ったプロパガンダ映画に表現の自由を認めてはならないと主張しているんですよ。ここ10年間のスローガンは<テロに屈しちゃいけない>でしょ?」、すると篠田氏は「シーシェパードが関与している話については、大体の事は知っているけど」と返したので、「ご存知であれば、この映画を紹介する際に、この映画とシーシェパードとの関係をきちんとインフォームするのがジャーナリストの責任じゃないのですか?それを晒したうえで、皆でこの映画について討論する。それでこそシンポジウムでは?」というと、シーシェパードの話題はあまりしたくないらしく、そそくさに去った。つまり、篠田氏はこの映画の急所を知っていながら、それを隠しているに過ぎないのである。彼は最初からジャーナリストとしての立場を放棄している。篠田氏はジャーナリストでもなんでもない、ただの映画「ザ・コーヴ」のプロモーター(販売促進係)として見ていたほうがよい。 その後すぐに、私の前に森達也氏がやってきた。「このチラシの、シーシェパードって本当なの?」と私に訊ねてきた。(何度かこの映画について発言してきた森氏が知らなかったというのがちょっと驚きだった)「本当ですよ。シーシェパード自身のホームページにそう書いてあります」と答えると、すると「ふーん、でもシーシェパードって、人種差別を目的にやっているわけじゃないでしょ。だってノルウェーの捕鯨船もシーシェパードに沈没させられてんだし・・・」と言った。私は『いったいシーシェパードの何時の時代の話をしているんだろう?シーシェパードがスペインやアイスランド、ノルウェーの船を標的にしていたのは80年代~90年代。この人はそのことを理解したうえで話をしているのだろうか?ひょっとして、かなりオメデタイ人じゃないだろうか』と思って、「ああ、そうですか」と笑いながら答えた。組織というのは「金」になるほうに転がっていく。シーシェパードのアニマル・プラネット(ケーブルテレビ)の「Whale Wars」は2008年11月に始まった。以来、アニマル・プラネットの目玉番組となった。その背景には「シーシェパードが戦っている相手は肌の色の違う東洋人」ってことがどこまでわかっているのだろうか?さらには、シーシェパードは、和歌山県太地町と姉妹都市関係にあるオーストラリア北西部のブルーム(Bloom)という人口1万5千人もの小さな町で、「ザ・コーヴ」の上映会を行い、日本人や太地町に憎悪を抱いたブルーム市民によって、日本人墓地(ブルームは明治期から真珠の町として、太地町出身の多くの日本人が潜水夫として移住してきた)において900基あった墓石のうち約200基がいたずらを受けたほか、町の議会において、太地町との姉妹都市提携・解消決議案も出された。つまり、シーシェパードが制作した「ザ・コーヴ」という映画は、シーシェパードの意図したとおり、日本人への不当な偏見や憎悪を煽ることに十分な効果を発揮していることを示しているのだ。もう一度ここで繰り返し言う。「ザ・コーヴ」は反日プロパガンダと断言して何ら問題ない。 そして最後に、鈴木邦男氏。この人とはシンポジウム終了後に一言だけ、私のほうから投げかけた。私はシンポジウム終了後のメディア関係がごった返えす舞台にあがって、鈴木氏に声をかけた。「鈴木さん! 鈴木さんは(映画を)一度見てから判断してくださいと言われましたが、その論理、もし仮に、私が新興宗教かマルチ商法の人間で『この宗教を非難する前に、一度でいいから集会か座談会に来てください』と言ったらどうします?来ていただけますか?宗教やマルチ商法に洗脳のメカニズムがあるように、プロパガンダにも洗脳のメカニズムがあるんですよ」と言うと、鈴木氏はムキになって「いや、違うね!」と一言だけ吐き捨てるように言った後、控えのほうへ急いで去っていった。この鈴木邦男という人、ある種の腐臭が漂う。 追記 -2010年6月14日 表現の自由とは何か?-「ザ・コーヴ」の上映を求める人たちが「表現の自由を守れ」という言葉を使っているが、私は彼らがこの言葉を使うたびに「プッ、なんとも薄っぺらな、安っぽい表現の自由だな」と思う。たった20人か30人ほどの草の根の市民団体、交通費も食事代も自前の完全ボランティア。その人たちが街角で「ザ・コーヴの上映中止を求める」街宣を行ったり、映画館に電話をかけ「上映を中止しろ!」と抗議を行った結果、映画館が彼らの圧力に屈して上映中止の決定を行った(?)。本当にお笑い草だ。な、なんだ、この表現の自由の軽さは、このチープさは!これが本当だとしたら、表現の自由を高く掲げてるわりには、あまりのへタレさに驚く。こうした連中は、北京の天安門広場でチベット国旗を手に持って「FREE TIBET!」と叫びながら50メートルをぜひ駆け抜けてきてほしい。その瞬間、きっと「表現の自由の尊さ」を感じることができることだろう。 「表現の自由」を弾圧するのは、公的な権力や巨大な権力・組織であり、20人か30人ほどの草の根の市民グループの抗議ではない。本当に「表現の自由」を弾圧するのは国家であり、そして都合の悪い「表現の自由」を圧殺するのがマスメディアである。そして、「表現の自由」を保障するのも、また公的な権力であり、草の根の市民グループにも当然ながら「表現の自由」が保障されているのだ。その吹けば飛ぶような市民グループに対し「右翼」「圧力団体」「無法者集団」などといった不当なレッテルを貼り、故意に彼らの姿を歪め、彼らの主張するところの「ザ・コーヴは、テロ集団・シーシェパードによってプロデュースされた反日プロパガンダ」という主張は、マスメディアにとって都合の悪い主張として必死に黙殺し、ただただ「表現の自由を妨害する分からずやの無法者たち」として描こうとする。実は、巨大権力・マスメディアこそが、現代日本における「表現の自由の真の敵」なのだ。 私は上映を中止した映画館に問いたい。いまの映画館には上映作品に対しての自らの信念はないのか?「どうしてもこの作品は素晴らしい。だからひとりでも多くの人たちにぜひこの映画を観ていただきたい」といった願望はないのか?いまの映画館は「小売り」としての作品に対する目利き・品定めの、いわゆる「プロの眼力」はないのか?私は正直に思う。抗議の電話を受けた映画館が、もう一度この映画よく観た結果、「ああ、やっぱりこの映画じゃあ、駄目だな。さっさと上映は中止にするか」と、映画館が自主的に判断したに過ぎないのだと。この映画、「プロの眼力」からすれば「およびでない」のだ。おそらく、この映画を高く評価しているのは森達也氏ぐらいだと思う(たぶんお金に困っているんだろう)。森達也氏の審美眼は、彼の作品を観れば一目瞭然、これまた「およびでない」のだ(笑)。 追記 -2010年6月17日 「イルカは頭がよい」というステレオタイプ-捕鯨論争には、たくさんの嘘やプロパガンダが充満している。世界中の人たち、そして多くの日本人たちがその嘘やプロパガンダによって、日本の捕鯨やイルカ漁、鯨やイルカの生態について間違った偽りの情報を刷り込まれ、事実とは違うステレオ・タイプを持っている。たとえば、多くの人々が信じていることに「鯨やイルカは非常に高い知能を持っている」というのがある。多くの人々は疑いもなく、このことをガチガチに信じ込んでしまっている。 本当にイルカってそんなに頭がよいのだろうか?ぜひ想像してみてほしい。もし本当に、イルカが知能の高い動物であれば、毎年秋になると、殺されると分かっている和歌山県太地町の海に戻ってくるわけがないだろうと考えるのは私だけだろうか?なるほど、よくよく考えてみれば、イルカというのは「よほど学習能力がない」動物だと気づく。(あまり他人の学習能力を非難することのできない私だが・・・) 私たちは、シーワールドでイルカの芸を観ることができるが、あれは調教師から芸を仕込まれたからであって、最初からシーワールドのイルカのように人間の命令どおりに芸ができる野生のイルカはいない。アシカやアザラシに調教師が芸を仕込むのと同様に野生のイルカも芸を仕込まなければ、シーワールドで客を喜ばすイルカにはならない。そうした、ごく当たり前に考えれば、自分が信じ込んでいたことが「真っ赤な嘘」であったことに気づくはずだ。それに気づけば、「イルカは知能が高い、賢い哺乳類だ。だからこそ、そんな哺乳類を殺してよいのか!」などといった憤りや凄惨なイメージにいままで繋がっていたことがわかってくる。「殺しちゃいけない」の前提となるところの「知能が高い」ことが条件からぬけ落ちてしまうと・・・イルカ漁に対する憤りや凄惨なイメージ、太地町の血に染まった海の光景もまた違ったものに思えてくる。つまり、あなたが「イルカはそれほど知能が高くない」と気づいた瞬間、あなたのイルカ漁に対する視点が変わるのである。 追記 -2010年6月23日 問うに落ちず語るに落ちる- 6/21に行われた映画『ザ・コーヴ』上映中止に関するシンポジウム(東京・霞が関の弁護士会館)。翌6/22にその模様について書いたマイコミジャーナルの記事によると、ジャーナリストの田原総一朗氏、映画監督の崔洋一氏、月刊『創』編集長の篠田博之氏らがパネラーとして意見を述べる中、質疑応答では、反捕鯨団体の「シー・シェパード」との関わりを隠している出演者・製作者がいることを報道陣から指摘される場面も。担当者から「シー・シェパードとの関連については、基本的にリック・オバリーさんもルイ・シホヨス監督も『ない』と断言しています」と説明があった・・・とある。 さてさて、昨日の産経新聞(6/22)の記事で、もうご存知の方も多いだろうが、”「ザ・コーヴ」第2弾、今秋に放映 シー・シェパードの番組制作の米放送局で”とあり、記事から引用すると、リチャード(リック)・オバリー自身が、「ザ・コーヴ」第2弾となる連続テレビシリーズの放映が今秋から始まることを明らかにしたことを伝えている。さらに、その放送局および番組枠について、米団体「シー・シェパード」の調査捕鯨妨害を一方的な編集で制作したドキュメンタリー番組「クジラ戦争」を流している米有料チャンネル「アニマルプラネット」。クジラ戦争は3年前からシリーズ化しており、今冬の調査捕鯨妨害事件で公判中のピーター・ベスーン被告(45)が主役級で登場するシーズン3(全12回)が今月から放映されている。さらに、アニマルプラネットによれば、番組名は「ドルフィン・ウォーリヤーズ」(イルカを守る闘士たち)で、「ザ・コーヴ」のように、オバリーさんのイルカ解放活動をドキュメンタリータッチに取り上げる・・・とある。実は、クジラ戦争”Whale Wars”そのものが日本では放送されていないが、この米ケーブルテレビのアニマルプラネットの目玉番組が、シーシェパードの大活躍を追ったクジラ戦争”Whale Wars”であり、さらに、シーシェパードは、リチャード・オバリーの登場する新番組「”Dolpin Warriors” ドルフィン・ウォーリヤーズ」を追加投入するのだ。クジラとイルカを惨殺する未開の野蛮人。彼らの薄汚れた手から愛すべき人間の友達であるクジラとイルカを守るため命をかけて闘う十字軍。南氷洋の戦線から敵地・日本へと果敢にのり込んでいった2人の勇者。ひとりの名はリチャード・オバリー、そしてもうひとりがピーター・ベスーンだ。 […]

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テロの手法には大きく2通りある-反捕鯨を口実とした反日プロパガンダ映画「ザ・コーヴ」の日本国内での劇場公開が、ある劇場では6月下旬ごろからと決まったらしい。ある人々は言う。「ある特定団体(右翼)が配給会社や劇場に対して圧力かけて『ザ・コーヴ』を上映中止に追い込んでいる。08年の映画・靖国YASUKUNIの再現だ。今ふたたび表現の自由が危機に晒されている。表現の自由を守ろう!」と。さらには「映画を観ずして批判するな!批判は映画を観てからにしろ!」と常套文句を用いた映画宣伝へと誘導しようとする連中がいる。私はこうした論調に対し、ぜひとも日本人自身の力で、映画「ザ・コーヴ」の上映を断固阻止すべきだと、信念を持ってそう思っている。なぜならば、この「ザ・コーヴ」の実態をよくよくみれば、南氷洋において日本の調査捕鯨船に対し繰り返し危険なテロ攻撃を行ってきたシー・シェパードがスポンサーとなっている映画であるということ(そのように公表されていなくてもそうなのだ)に気づくはずだ。そして、予め頭の中に抑えておかなければならないことは、テロの手法には、物理的なテロと精神的なテロの2通りあるということ。精神的なテロとは、メディアを通じた情報操作や映像を通じて、テロの目的を遂行しようとすること。この映画「ザ・コーヴ」は、まさに精神テロの使命を帯びたシー・シェパードのプロパガンダ映画なのだ。ゆえに、「テロに屈しない!」という文言通り、この映画を日本で絶対に上映させてはならないのである。それでもなお、「映画を観ずして批判するな。表現の自由に対する弾圧だ」などと言い続けている連中は、私からみれば、日本国内へ危険な「トロイの木馬」を引き入れようとする工作員である。 敵のプロパガンダを封じ込める-映画「ザ・コーヴ」をドキュメンタリーなどと絶対に呼ばないでいただきたい。もし、そう呼ぶならば、1944年のフランク・キャプラ作品の「ザ・バトル・オブ・チャイナ(The Battle of China)」までもがドキュメンタリーとなってしまう。プロパガンダには、はっきりと「プロパガンダ」という呼称を用いるべきだ。それでも「ザ・コーヴ」をドキュメンタリーと呼ぼうとする人間は、ドキュメンタリーとプロパガンダの違いを考えたことのない人であるか、よほど何かしら特殊な意図または任務を持った人である。なんと言おうと、ヤラセ・捏造に満ちた映画「ザ・コーヴ」には、ドキュメンタリーかプロパガンダかといった議論の余地はもはや無い。シー・シェパードが世界と日本に向けて仕掛けた正真正銘のプロパガンダである。この映画は、シー・シェパードの言うところの「クジラ戦争-Whale Wars (アニマル・プラネットにて世界中で放送中、ただし日本だけ放送されていない)」における重要な作戦なのだ。そのプロパガンダにどう対処するか、それがいまの我々に問われている課題である。「ザ・コーヴ」に対して反証する映画もいいだろうが、とりあえず、まず早急に打たなくてはならない対処は、日本人に仕掛けようとしてくる精神テロを水際で排除すること。すなわち、国内における劇場での「ザ・コーヴ」の上映を阻止することである。おそらく、「ザ・コーヴ」をプロモートする連中は、それを逆手にとり、「右翼の圧力によって上映中止に追い込まれたザ・コーヴ」などと宣伝に利用しようとするだろう。しかし同時に、シー・シェパードやグリーンピースなどによる欺瞞に満ちた反捕鯨論に対して、その嘘や捏造を暴く絶好の機会でもあるのだ。まずは、世界に配信される海外メディアを通じて、「ザ・コーヴの日本での上映中止」というニュースを配信させ、反捕鯨団体のテロに対して怒っている日本人たちの存在を印象付ける機会としようではないか、仕掛けられたテロに対して、黙って屈することはない。果敢にテロと闘う日本人の姿を世界に見せつけようではないか! 捕鯨論争は嘘とプロパガンダに満ちている-「日本の捕鯨が鯨を絶滅に追いやっている」「鯨の知能指数は人間と同じくらい高い」「鯨食は日本の文化とは言えない」「日本の鯨食は、戦後の学校給食で始まった」「日本の調査捕鯨は商業捕鯨だ」…などなど、さまざまな嘘が反捕鯨団体および外国のメディアによって世界中にばら撒かれている。さらには、日本人の一部までがそれを信じ、捕鯨推進派の日本人たちを罵ろうとする。「鯨肉なんて要らない。日本人の多くは食べたくないんだ。あんなもの美味しくもない。捕鯨問題で、日本は世界中の評判を落としている。鯨なんて食べなくても、牛や豚などの家畜の肉を食えばいいだろう」などと言う日本人がいる。もう完璧に出来あがってしまって、反捕鯨の「白人」のお面をつけてしまっている。日本人はこれまでずっと海の幸・恵みをいただきながら生活してきた。海岸の岩にへばりついている海苔、そこに転がるウニをはじめとして、たくさんの魚、そしてイルカに鯨。この日本の多様で豊かな食生活が日本の文化を支えてきたのだ。今年、話題になったマグロ捕獲量についての国際会議を見て、日本がこれまで食料として確保してきた海の恵みが、英米を中心とした欧米によって鯨以外にもさまざまな種類の魚を制限しようとしていることを理解した人たちも多いと思う。鯨の次は沿岸のイルカ、そしてマグロ、さらにカツオ…理不尽でごう慢な圧力を日本にかけ、日本の食卓を無理やり変革させようとしてきた。思い返せば、1976年、アメリカが200海里漁業専管水域を設定、ロシア、カナダはそれに追従し、日本の漁船が世界中の漁場から締め出されていった。 和歌山県太地町には日本の未来が託されている-自分が鯨の肉を食べないから嫌いだからという理由で、「鯨肉なんて食べなくても他に食べ物はたくさんあるだろ。捕鯨なんてやめてしまえ」という日本人がいる。そんな人に出会うと、私は次のような話をする。「私が大阪に1年間ほど住んでいたが、大抵の大阪の人は納豆の話になると、眼を釣りあげて『あんな足のムレたような臭いのするもん、食べんでええ』と東日本の食文化である納豆を口撃しようとするんだ。鯨もそれと同じだ。自分が食べていないからって、それを非難することはおかしい。それに人間の味覚は小学校2~3年生ぐらいで確立してしまうらしい。私が生まれて初めて牛肉を食べたのが小学校3年ぐらいだったと思う。母親が牛肉の、それも今思えば、サーロインのようないい肉を買ってきて、家で焼いて食べさせてくれたことがある。その時のこと今でも憶えている。そして母親には悪いこと言っちゃたなぁと思うけど、『母ちゃん、この肉は食えんよ。牛乳臭くて美味しくないよ』と言ったんだ。だからこそ、私は日本人みんなに言いたいんだ。いまの20代の日本人が鯨肉を必要ないと言うのは当然。食い付けていないんだよ。だからこそ、いまの小学校の給食で、もっともっと精力的に鯨肉を食べさせてあげなくちゃいけないんだ。子供の頃に食べ慣れさせることが重要なんだ。それを怠ってしまうと日本の捕鯨は本当に無くなってしまうんだ」と。日本の背中の後ろあたりに中国という国があり13億人の胃袋が控えている。これまで日本は世界最大の食料輸入国であったが、中国はまもなく日本を抜き、世界最大の食料輸入国となる。その時、日本が輸入している豚肉や牛肉は本当に安定供給され続けるのだろうか?日本の食料自給率はすでに40%を大きく下回ってしまった(61年80%→05年40%)。この極端に低い食料自給率は、日本の安全保障上にかかわる問題じゃないのか。ある日本人が言う。「日本の調査捕鯨なんて名ばかりで、実態は商業捕鯨じゃないか」と。私は笑いながら答える。「名ばかりで何が悪い?この調査捕鯨をやめてしまえば、これまで培われてきた日本の捕鯨技術とノウハウ。そしてその捕鯨船団と技術を持った乗組員たちはどうなるか?いったんそれらが失われてしまうと、いざという時、今の船団を構成するのにどれほどの年月がかかるか?もう再構築は無いんだよ。だからこの貴重な捕鯨船団、その灯火を消しちゃならないんだ!調査捕鯨は、いざというときのためのアイドリングと考えたほうがいい。それにしても、日本の捕鯨を感情的に攻撃しながら、商業捕鯨を堂々と行っている国があるのを知っているか?それがアメリカだ。彼らはアラスカでのエスキモーのために毎年、絶滅危惧種のホッキョククジラの捕獲数を確保している(※ホッキョククジラの生存数は約9000頭)。これこそ先住民生存捕鯨といった名ばかりの商業捕鯨なのだ。クジラの工芸品がアラスカのウェブサイトで販売されているのを私は見た。アメリカの欺瞞を許してはならない。私はアメリカのエスキモーに次のように言ってやりたいね。絶滅に瀕しているホッキョククジラ以外に他に食うものあるだろうって(笑)。いまや21世紀、スーパーマーケットでトナカイの肉やコンビーフの缶詰でも買って食べたらどうだ?アメリカ政府から手厚い生活保護でも貰っている身分なのだろうから…と。反捕鯨団体はアメリカの先住民生存捕鯨を容認している。反捕鯨団体はその理由を捕鯨がエスキモーの文化だからと主張する。絶滅危惧種であるホッキョククジラを守りたいのか、エスキモーの文化を守りたいのか矛盾してはいないか?反捕鯨団体は本当に自然保護団体なのか、それとも文化保護団体なのか…まさか人種差別団体ではあるまいな(笑)。そして、だからこそ江戸初期から続く古式捕鯨を生んだ和歌山県太地町のイルカ漁を『文化』と呼びたくないのでしょ?」と。私たち日本人は、将来の子供たちのために捕鯨と鯨食を大切に守っていかなければならない。それを日本国内から妨害しようとする反捕鯨団体の策略としての欺瞞に満ちたプロパガンダ映画「ザ・コーヴ」はいかなる手段を持ってしても粉砕すべきなのである。「表現の自由」や「見たいものを見る権利を守ろう」などとナイーヴな意見を主張する以前に、これは「日本の安全保障に関わる問題」であり「日本人の生存権が脅かされている問題」であることをよく考えてもらいたい。そこんとこ、ひとつよろしく。 シーシェパード制作の「ザ・コーヴ」に表現の自由を認めない 卑劣なプロパガンダ映画「ザ・コーヴ」 THE COVE – A Despicable Propaganda Movie WHAT’S THE PURPOSE OF ANTI-WHALING? TAMAGAWABOAT トップページから読む

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予め断っておくが、私は日ごろから次のように思っている。「私は男性として差別されようが、まったく平気だ。世の中、男女平等なんて唱えるほうがそもそもおかしい。男と女、体付きが違うように、その役割分担も能力も異なる。また思考様式も感情の露出方法も異なる。電車の中で席がひとつしかなく、男・女どちらかが席を譲らなければならないのなら、率先して男が女に譲るのが当然であり、それでこそ男だ」と。 やわらかい土は掘られる-ご存知の方も多いと思うが、「女性専用車両」は、今から7~8年ほど前から東京の京王線で導入されて以来、地下鉄・西武線・東急線・東上線・JR埼京線・JR京浜東北線とその導入が急激に拡大されている。・・・そして京浜東北線と導入拡大が続いている。それを「女性専用車両は、行き過ぎた女性優遇であり、逆に男性に対する差別を生んでいる。女性専用車両は廃止すべし!」と主張する団体も現れた。しかしながら、当の男性の多くは「女性専用車両?そこまで目くじらを立てて、男らしくもない」とか「男性にとって怖い痴漢冤罪防止になるのであれば結構じゃないか」とか・・・どうやら男性の間にも、女性専用車両についての問題意識は希薄である。実は、そうした「問題意識の希薄さ」に付け込んで、女性専用車両の拡大は促進されてきた。中国のことわざに「やわらかい土は掘られる」というのがあるが、そのことわざ通りになったのだ。 韓国ソウルで始まった女性専用車両-今から10数年ほど前、94年か95年ごろではなかったかと思う。朝の通勤時間帯に放送されていた「ズームイン・朝!」(日本テレビ系列・01年終了)を観ていたら、韓国・ソウルの通勤電車で、痴漢行為の多さに手を焼いた鉄道会社が、痴漢対策に女性専用車両を導入したというニュースが流れていた。女性だけが詰め込まれた車両に、ひとりポツンと韓国人の中年サラリーマン。女性だけの車内をきょろきょろと見回し、やがて「ハッ」と気づき、バツの悪そうな素振りで、その女性専用車両をそそくさと出ていく姿。周囲の女性たちはクスクスと笑っていた・・・。当時、私はこのニュースを見て、思いっきり声を出してゲラゲラと笑った。「なんて破廉恥だ!いかにも韓国らしいニュースだ(爆笑)」と。ある種の侮蔑の感情で当時の女性専用車両が導入された韓国を観ていた。 公明党の選挙ネタとしての女性専用車両-それから10年ぐらい経過し(05年前後)、あのエゲツなく堪らないほど破廉恥な女性専用車両が東京に登場。それと、同時期だったと思うが、女性専用車両の登場と同時に、JRの駅構内に中国語とハングル文字の案内表示が増えていった。この2つの動き、実は見事なほどに連携している。それというのも、これらを促進してきた組織が公明党・創価学会である。公明党は、自公連立政権下において、執拗までに国土交通大臣のポストに固執した。北側一雄氏が小泉内閣時代において04年9月から06年9月まで(小泉第2次と第3次内閣)、冬柴鐵三氏は06年9月から08年8月まで(安部内閣と福田内閣)、計4年間、公明党は国土交通省を我が物としたのである。その間、04年12月、韓国人観光客の日本への渡航に際してのビザ免除措置、続いて、05年7月、中国人への団体観光ビザ発給地域の拡大(大都市から中国全土へ)を打ち出していく。そして国内では、創価学会の婦人部・女子部を総動員し、「痴漢防止のための女性専用車両導入を訴える」署名活動を駅前や各家庭への訪問によって展開し、数万という署名を集める。「女性専用車両を実現しましょう」と言われて反対する女性は稀である。そして大量に集まった署名を携えて、公明党の大臣がいる国土交通省に陳情に訪れたり、各私鉄に対して「女性専用車両の導入」の要請を行ってきた。さらに、選挙が近づくと、公明党は「党の献身的な活動によって女性専用車両を実現しました!」とその実績をアピールし、浮動票である女性票を取り込もうとしてきた。つまり、女性専用車両は、公明党・創価学会の選挙のネタだったのだ。 目的が変更された女性専用車両-当初は「痴漢防止」のための女性専用車両の導入だったが、導入前と後の「痴漢被害件数」をみると、横ばいまたは増加している。それもそのはず、10両編成のうち1両を女性専用車両としても、痴漢行為を常習とする人間は他の9両で、その行為を犯すのだ。だから「痴漢冤罪防止」には何ら効果はない。したがって、女性専用車両は「痴漢防止」には効果を発揮せず、ただただ「女性専用のサロンカー」と化していったのである。一方、昨年12月からJR埼京線で導入された防犯カメラの車内設置によって10年度1~2月期の「痴漢被害」が昨年より半減したと警視庁が報告(10年3月)。その結果をもって、今年4月には、埼京線の全車両に防犯カメラが設置されることになった。防犯カメラこそが、現時点で考えられる最も有効な「痴漢対策」であり、女性専用車両はその効果はまったくないのである。にもかかわらず、防犯カメラが有効な解決策とすでに判明しているにもかかわらず、今年4月に同じJRの京浜東北線において、女性専用車両が新規に導入されるという矛盾が起きている。つまり、いまやJRは、女性専用車両の目的を本来の「痴漢防止策」から「女性のための特別優遇車両」へとすでにシフトしたのだ。鉄道各社が真剣に「痴漢行為の防止」に努めようとするのであれば、その効果が実証済みである防犯カメラを積極的に設置し、と同時に、当初の目的を果たせなかった女性専用車両を廃止すべきなのだ。鉄道各社は単に「女性客の満足度」を高めることに努めるようになった。またプラットホームでは、女性専用車両へ乗降する女性客のための「コスメティック関連ショップ」が開店され、女性をターゲットに絞ったマーケティングが展開されるに至っている。さらに、女性専用車両内の中刷り広告を眺めれば、やはり女性にターゲットを絞った広告が目立つ。さらに「第三文明」や「潮出版のパンプキン」などの創価学会・聖教新聞系の出版社の広告が、車内広告全体のなんと大きなシェアを占めていることか。TVや新聞などのマスメディアが創価学会に支配されていると言われて久しいが、電車という「空間メディア」も創価学会がすでに支配していたのである。創価学会にとっても鉄道会社とっても、女性専用車両は、すでに美味しい装置となっていたのだ。 女性専用車両に乗車する女性たちの本音-たいへん興味深いことに、女性たちに「女性専用車両について、どう思う?」と訊ねると、ほとんど全ての女性たち(年齢を問わず)は、たちどころに顔が真っ赤になり、いわゆる「憤怒」が彼女らの根底に沸き起こる。この問題、女性を非常に感情的にさせる。どうやら、一瞬にして、私は彼女らから見て「女性の敵」となるらしい。彼女らの心理のメカニズムはいったいどうなっているのだろうか?彼女らは口々に言う言葉を書き連ねてみる。「痴漢の怖さは、女になってみないと理解できないのよ」「声を出して助けを呼べばですって?満員電車で声なんて出せるわけないじゃない。それに周囲の誰が助けてくれるというの?」「女性専用車両は痴漢防止に役立っていないですって?でも、私は女性専用車両に乗っているぶんには、気持ちが安心できるのよ」「朝から満員電車の中で中年オヤジの背タバコ臭と加齢臭が染みついた背広と無理やり密着させられることから、女性専用車両は解放してくれたのよ」「満員電車の中で口臭のキツい男性がすぐ前にきたら、もう最悪。やっぱり女性専用車両は必要なのよ」・・・。 現代の下肥列車、それが女性専用車両-彼女らの発言からすると、彼女ら自身も、「痴漢被害から逃げること」以上に「不潔で臭い男性との隔離による安心感と爽快感」へと変わってきている。つまり、「汚らわしい男性もいない、男性たちの視線を気にすることなく化粧も食事もできる非常識空間・女性用サロンカー」となったのだ。パブリック(公共)という空間は、「異性の眼」が存在するからこそ、「パブリック(公共)における常識」が保持されてきたのだと思う。「みっともない」という感覚、そうした感覚を憶えるような行為をしないよう各人が努める、ある種の緊張感がパブリック(公共)に秩序をもたらしてきた。そのパブリック(公共)から男性という「異性」を排除してしまえば、そこは女子高の寮や女性用トイレと同じ空間となってしまうのだ。いわゆる女性たちが異性の視線を気にすることなく安心(=リラックス)して「醜態」を晒すことのできる空間。ゆえに、私は女性専用車両のことを次のように語っている。「エゲツなく、いかがわしく、破廉恥きわまりない空間、それが女性専用車両である!終戦直後の食糧難の一時期、池袋から東上線や西武線を使って東京から埼玉へ肥料としての糞尿を運んだ列車のことを下肥列車(または黄金列車)と呼んだ。現代の下肥列車、それが女性専用車両であり、エゲツなく破廉恥な女性専用車両は、沿線に猛烈な悪臭を放ちながら走っているのだ!」と。 日本社会の破壊をもくろむ公明党・創価学会-これまでの社会、常に男と女、子供からお年寄り、健常者と体の不自由な人、そんな人たちが入り混じって、助け合い、譲り合いながら暮らしてきた。無言ながらも、お互いの視線がお互いを監視し合い、いわゆる「世間体」が保持され、日本の「道徳」が維持されてきたのである。女性たちが異性の視線を気にすることなく安心(=リラックス)して醜態を晒すことのできる女性専用車両、いまの小学生の子供たちの瞳にどのように映っているのだろうか?それを考えると恐ろしい。「痴漢防止策で女性だけの車両があるなんて男性はみなケダモノなのか?」「女性に生まれたことは特権なのか?」「電車の中で、女性たちは食事も化粧も好き放題やっているが、これが公の姿なのか?」・・・そう思いながら子供たちが育っていくことが怖いと思う。そもそも日本は女性が夜道をひとりで歩くこのできる数少ない国。日本の性犯罪発生件数は、世界で群を抜いて低い。日本ほど治安の良い国を挙げることが難しいくらいだ。何がそのような日本を作ってきたのか、良くも悪くも日本人が互いの眼を意識し合う「世間体」だったのではないのか?その日本社会の「世間体」を「人間革命」とか「第三文明」といったスローガンで破壊を試みてきた似非宗教団体が創価学会。女性専用車両は、その日本社会を瓦解させようとする創価学会によって注入された猛毒である。 「女性の時代だ、女性の自立だ、女性の社会進出だ」なんて騒いできた女性解放主義者の連中は、世の女性たちに対して、「あなたが痴漢にあったら、すぐさま声を出して、ピシャリと相手の手を叩き落し、”てめぇ~!この変態野郎ぉ!”と言ってやりなさい。それ位の勇気もないのなら、女性の自立なんて10年早いですよ」なんて事をきちんと説いてあげるべきだ。そして最後に私は、世の女の人・男の人に言いたい。女性は男性の視線があって「淑女」になり、男性もまた女性の視線があって「紳士」になる。そして、男性の視線は女性をより美しくしていく力があるのだ・・・と。 日本人とは何か(1) 日本人とは何か(2) 駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ TAMAGAWABOAT  To the top

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“THE COVE” (93min/America/2009), which won the 82nd Academy Award for best documentary, is scheduled to be released in Japan at the beginning of summer. Without waiting for its release, I’ve watched “THE COVE” (full-length) on a free video site. To quickly describe this movie, “THE COVE” is NOT a documentary movie. It is obvious that “THE […]

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今年3月のアカデミー賞・長編ドキュメンタリー賞受賞作品「ザ・コーヴ」の全編を観た。日本での一般公開は今年の初夏を予定しているらしいが、私は、この映画を一足先にある動画サイトで観させてもらった。この映画を観ながら私は、「このトーン、どこかで観たぞ。なんだろ、ん?ああ、そうだ!これはスニーカーズだ!」と叫んでしまった。92年に公開されたダン・エイクロイド、ロバート・レッドフォード共演の「スニーカーズ」という映画。その「スニーカーズ」に、懐かしの「わんぱくフリッパー」を足して2で割った作品、それが「ザ・コーヴ」。「スニーカーズ」については詳しいことはここでは述べない。コンピューターのハッキングを扱った映画であったが、結構はずした(期待を)映画だった。映画を観ても何も残らない。ただただ時間の無駄を後悔するような映画。もし「スニーカーズ」をかつて観た人で、今回の「ザ・コーヴ」を観れば、思わず「どこかでこの雰囲気みたような」という印象を受けると思う。 映画「ザ・コーヴ」を総括すると、「イルカちゃん大好き」にかこつけて一方的な視点から、ヤラセと虚偽を交え、反捕鯨を名目とした、実質的には反日プロパガンダ映画と断言できる。製作者の押し付けがましいほどの自分よがりの価値観とフェイクな正義感。それが理解できた瞬間(理解できるまで長い時間を要さない)、この映画に費やした時間の無駄を後悔してしまう映画だった。この映画を観た者に何も残さない、何も考えさせることができない映画、それが「ザ・コーヴ」である。本来ならば、観る者にとって「いままで気づかなかった視点」を与えることによって、観る者に何かしら考えさせることができる映画を「ドキュメンタリー」と呼ぶのだ。その考えること、いわば問題提起。その問題提起が普遍的であればあるほど、それを私は、素晴らしいドキュメンタリーだと思う。そのドキュメンタリーに対峙して、一方的な視点や考えを無理やりにでも観る者に押し付けようとする映画を「プロパガンダ」と呼ぶ。この「ザ・コーヴ」、「イルカちゃん大好き」「日本叩き大好き」な浅薄で単細胞な人たちには評価されるのかもしれないが、よくもまぁ、こんな映画を日本で配給しようとする会社が存在すると聞くと、逆にその配給会社の勇気に感服してしまう。この映画を「優れたドキュメンタリー映画」と思っている日本人は、きわめて少ないだろうから。 3年ほど前、話題になったドキュメンタリー映画「いのちの食べかた」(ドイツ・オーストリア:2005年制作)を渋谷で観た。ナレーションもない、言葉もない・・・静かなトーン、黙々と静かに進行する家畜の屠殺シーン。次々と殺されていく鶏、豚、牛。そして、その現場で働く人々、ただ黙々と働く・・・。「感情」をしっかりと抑制したトーンの中に、この映画を製作した者の「知性」を感じ取ることのできる映画だった。これこそが「真の優れたドキュメンタリー映画」なのである。映画「いのちの食べかた」を劇場で観た人の多くは、劇場からの帰りに食堂やレストランに入って、お皿にのった「肉」を眺めながら、しばし感慨にふけってしまうのだろうなと思った。私自身は、この映画から、私たち人間は動物に対して「可愛い」という感情を抱きつつも同時に、自分たちが生きるためには、彼らの命を絶ち、その肉体をいただかなければならないという、きわめて悲しい存在なのかなと思った。日本人が食べる前に手を合わせながら発する「いただきます」という言葉には、命と引き換えに「肉」を提供してくれた生き物への「感謝」の意味が込められているのだと認識した。 「いのちの食べかた」と、言わば対極にある「ザ・コーヴ」。最後に、映画「ザ・コーヴ」をもうひとつ評するならば、私は次のようにコメントするだろう。「ザ・コーヴ」はきわめて卑劣なプロパガンダ映画であると。なぜならば、この映画には、観る者たちに、イルカの命を絶つ人々に対して「憎悪」を抱かせるように仕組まれているからだ。誰も好き好んで、家畜や生き物を殺しているのではない。誰かが「肉」を提供してくれる生き物の「命」を絶たなきゃならない。「屠殺」は自らの手を血で染めるような仕事。多くの人々が嫌がる仕事なのだ。しかし、生き物の命を絶つという仕事に携わる人々とその肉体の解体に携わる人々の労働によって、われわれ人間はそれらの「肉」をはじめて食べることができるのだ。どうしても人間社会において不可欠であり、きわめて大切な仕事。人間社会においてそのような不可欠かつ大事な仕事を茶化したり蔑んでみたり、さらには、それらの仕事に従事する人々に対して「憎悪や偏見」を煽ろうとする、しかも、ヤラセや視覚的な効果によって・・・とんでもない映画だ!なんて卑怯なんだ、なんて卑劣な映画なんだ、「ザ・コーヴ」は反吐がでるほど卑劣な映画だ。和歌山県太地町の人々をはじめ日本人全体が、この映画によって深刻な人権侵害を受けている。私は、映画「ザ・コーヴ」の製作者ルーイー・サホイヨスを許すことはできない。 シーシェパード制作の「ザ・コーヴ」に表現の自由を認めない 映画「ザ・コーヴ」の上映はすべて中止すべきだ THE COVE – A Despicable Propaganda Movie WHAT’S THE PURPOSE OF ANTI-WHALING? TAMAGAWABOAT To the top いのちの食べかた

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どうやら最近の日本人には、かなり狭量な人間が増えてきたようだ。 俺は、中川昭一のG7の日本人記者相手の記者会見の模様を見ながら、 「可哀想にお疲れ様」と思うと同時に「人間らしく微笑ましい」とも思った。 俺が、もしその会場に居たら、お布団でも敷いてあげたかった。 添い寝まではしないけど(笑)。 彼の行動が飲酒によるものか風邪薬によるのか、それとも何者かの 謀略によるものか・・・。そんな事、俺はあまり関心がない。 人間、誰だって、一度や二度の大失敗なんてあるはず。 個々に思い返してみれば、「ハぁーッ」と顔が真っ赤になるほどの大失敗など いくつかあるはずだ。だって、それが人間なんだ。 しかしながら、 日本のマスメディアは、中川昭一への執拗なバッシングをやめようとは しない。なぜなら、麻生太郎という本丸を目指しているからだ。 中川昭一が、酒に酔った勢いで核ミサイルの発射ボタンを 押したわけじゃあるまいし、 「日本の国家予算ぜんぶ持ってけ泥棒!ぶはぁ~」と言ったわけでもあるまい。 中川昭一は、日本の財務大臣としてG7に出席し、 その職務を全うしたわけじゃないか。 それで?中川昭一のどんな点が問題なのか、は~ん? 日本人記者相手の記者会見で「中川昭一のあの姿」が醜態? 俺はそうは思わなかったな。俺は、 「さすが大物政治家。カッチョエエエエ!」と笑いながら叫んだ。 中川昭一を叩く日本人には、 「あれぐらい許してやれよ、だって人間なんだから」とも思った。 昔、ロシアのエリツィンが酔って橋本首相と ダンスしているのを見てクスクス笑ったことを思い出した。 エリツィンが赤ら顔ではしゃぐ姿に「いいなあ、ロシア人つーのは!」と 感心したぐらいだ。 旧来の日本人は、 人間臭い失敗に対し「人間的な可愛らしさ」を憶えるほど 寛容であったはずだ。 日本人を「無表情で何を考えているか分からない」などといった 「エコノミック・アニマル」的ステレオタイプに嵌った外国の人が、 「日本人も俺たちと同じ人間なんだ」と安心できたのでは? YouTubeの「中川昭一・G7」の動画への書き込みを読みながら、そう思った。 しいて言えば「日本の恥を晒した」と評するよりも 「身近で等身大の日本人」を 外国の人は感じていただけたのではないか。 海外のテレビ局のキャスターが中川の真似をしたのも 卑下を意図をしたものではなく、 「ひゃあー、人間臭くて面白れぇ~」と思ったからに他ならないのだ。 それを「日本の恥を晒した」などとヌカす日本人はよほどキンタマが小さい奴だ。 そうは思わないか?なあ、セニョール。 にもかかわらず、「醜態、醜態!」と中川バッシングを執拗に続けるマスメディア。 今回、俺が最も危険だなと思った点は、 麻生内閣発足当時から、各社、横並びになって、 些細なことで麻生政権を執拗に叩きコキおろしてきたマスメディアの 異常な行動に、なんら疑問も持たず、ただただマスメディアの見え透いた 魂胆ありありの煽り・扇動にまんまと乗せられ、一緒になって、 中川昭一を叩く日本の一部の人々。 これこそが、いまの日本の病んだ状態なのではないか・・・そう思った。 それでも「醜態、醜態」と騒ぐ奴は、鏡でじっくりと己の醜悪な顔でも眺めるがよい。 俺は、マスメディアがいかに中川昭一を叩こうと、麻生太郎をコキ降ろそうとも、 徹底的に中川昭一と麻生太郎をトコトン擁護してやろうと思った。 […]

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今の日本のマスコミは、韓国から帰化した人や中国から日本に帰化した人のことを韓国系日本人とか中国系日本人と呼んだりする。しかしながら、その「韓国系」という呼び方、その「中国系」といった呼び方が、実はいかに滑稽なものなのか、「日本人とは何か(1)」に挙げた「ソ連系日本人」といった奇妙な響きを持つ言葉を思い返せば、それがわかるはずだ。「ソ連人」という言葉は、ソ連という国の人を表す言葉として、ソビエト連邦崩壊(1991年)まで使用された。そしてソビエト連邦崩壊の後、ソ連人という国家形態に属する人たちを表してきた言葉は、それぞれ民族毎にロシア人・ウクライナ人・カザフスタン人・ベラルーシ人・ウズベキスタン人等々の言葉になった。否、元の自然な言葉に戻っていっただけに過ぎない。 韓国人という言葉も中国人という言葉も国家組織に属する人々を表す言葉に過ぎない。韓国は大韓民国の略称であるが、彼ら自身、「朝鮮人」と日本人から呼ばれることを嫌い、日本人に対して「韓国人と呼べ」と尊大にして傲慢にも強要した言葉である。言うまでもなく、朝鮮民族は南北に分断され、北にある朝鮮民主主義人民共和国の人々は、日本においても昔同様に「朝鮮人」と呼ばれ続け、いわゆる韓国人は、その「朝鮮人」を「同胞(同じ民族)」といった言葉で表す。日本人が、いわゆる韓国人の尊大で傲慢な強要に従うのであれば、われわれ日本人は、北朝鮮に住む朝鮮人たちをどう呼べばよいのだろうか?「北韓国人」とでも呼べば、彼らは気が済むのであろうか?韓国という国が北朝鮮に併合されたから、今度は何と呼べばよいのだろうか?いちいち国情の変化に伴って「ある特定の人々」を表す呼称が変わること自体、奇妙なことだと日本人は気づくべきだ。国情の変化にかかわらず、普遍的な(時間を超えて、空間を越えて)「ある特定の人々」を表す呼称がある。それが民族名だ。であれば、朝鮮民族を表す言葉は、韓国人でもなければ、北朝鮮人でもない。北朝鮮人でもなければ南朝鮮人でもない。朝鮮人は朝鮮人なのだ。南北朝鮮には関係なく、北朝鮮から日本へ帰化した人間、韓国から日本へ帰化した人間、ともに朝鮮系日本人であり、韓国系日本人という呼び名はありえない。東西に分断されていたドイツ。東と西に住んでいた人々をともに同じドイツ人と呼んだように。 次に、中国人という呼び方。これは現代の日本社会における中華人民共和国に属する人々の呼称である。否、正確に言えば、中国といった呼称にいつの間にかなってしまった。40~50年前までは、いわゆる中国のことを「支那(シナ)」と呼んでいた。支那(シナ)の語源は、紀元前221年に、今のいわゆる中国、すなわち漢民族をはじめて統一した秦にある。英語のChinaもこの秦が語源だ。いわゆる中国の歴史は、この統一された紀元前221年に始まると考えるべきで、いわゆる中国は二千二百年ほどの歴史を持っている。(明星食品の即席ラーメン中華三昧が「中国4千年の歴史・・・」と謳っていたが、とんでもないデタラメなんだ) 秦の統一以来、秦から漢へ、隋から唐へと王朝が変わるたびに国名を変更。1912年の辛亥革命で清が倒れ、中華民国が成立。そして自ら、それを略して「中国」と呼び始めた。しかしながら、世界は、紀元前221年に統一された漢民族の国を一貫して「China」と呼び続けている。1937年に起こった支那事変は、いまでも英語ではSino-Japanese War(注;Sinoはサイノと発音する)と呼ばれる。日本の教科書において、支那事変という歴史的事件の呼称が「日中戦争」に次々に書き換えられていったのは1970年以降のことだ。(3に続く) TAMAGAWABOAT トップページから読む 日本人とは何か(1) 女性専用車両-創価学会によって日本社会に注入された猛毒 やめたいけど、やめられない-パチンコ依存症 駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ。

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「日本人って何だと思いますか?」と訊ねると、「そりゃあ、日本国籍を取得している人のことを言うんじゃないんですか?」などと訊き返してくる人によく出くわす。どうやら、大方の人はそう思っているらしい。それで「ほう、日本国籍があると日本人ですか?」と訊くと、「だってアメリカをご覧なさい。アメリカ人って、アメリカの市民権を持っているからアメリカ人なんですよね?だから日本国籍を取得した時点で誰だって日本人ですよ」といった答えが返ってくる。小さい頃から世の中のことを斜に構えてばかり、その癖が一向に抜けない私は次のように再び訊ねる。「それじゃあ、江戸っ子って言葉がありますよね?東京都に住民票がある人は皆、江戸っ子ですか?鹿児島に住んでりゃ薩摩隼人ですかい?」と。その瞬間、相手は眼が点になる。3代続いて江戸に住み、生まれてからずっと江戸っ子の大人たちに囲まれ、良くも悪くも江戸の伝統、風習や風俗、言葉をたっぷり吸った体だからこそ「江戸っ子」と呼ばれるんじゃなかったかと。「日本人」だってそうじゃないのかと思ったりする。日本人の両親と祖父母が居て、周囲の日本人に囲まれ育ち、日本の義務教育を9年間受け、日本人の言葉を憶え、日本の文化や風習、歴史を学び、満二十歳になって、成人式を迎える。それまでの二十歳未満の子供は準・日本人であって、まだ「日本人」ではないのだと。戦後の日本人は、どうやらアメリカ合衆国という国の価値観に知らず知らず、どっぷりと染まってしまったのかもしれない。 イギリスから日本にやってきたイギリス国籍のある人がこう言っていた。「俺がEnglishman(イギリス人)だって?とんでもない。俺はScottish(スコットランド人)だ。もちろん国籍はイギリス(語源はEnglish)だが、日本人がイギリス国籍の人間をなにかしら総称して呼びたいのなら、イギリス人(Englishman)という呼び方はやめてBritisher(ブリテン人)とでも呼んでくれ」と。どうやらスコットランド人は「Scottish」と呼ばれたいらしい。スコットランド人としてイングランド人(Englishman)と区別してもらいたいと望んでいる。元イギリス国籍で日本に帰化した人で、C.W.二コルという人がいる。同氏は1962年に来日し、95年に日本に帰化した。同氏は自らのことをイギリス系日本人と呼ばれることを嫌い、自らをウェールズ民族の血を引き継ぐ者として、「ケルト系日本人」と呼んでくれと言っている。多くの日本人は、学校で教わる英語教育で「イギリス人=Englishman」と習い、いわゆるイギリスには「イングランド人(Englishmen)」ばかりが住んでいると思っている傾向があるが、イギリスの正式名称はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国であり、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという4つの民族からなる4つの国から構成されている。いわゆるイギリスという国には、イングランド人、スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人の4つの民族が住んでいるのだ。 さらにもう一件。ここにアメリカ出身のArudou Debito(有道出人、本名:David Aldwinckle)というガイジンがいる。この名前を挙げただけで、「ああ、コイツかぁ」と頷く人もいるだろう。日本の会員制ホステスクラブを嗅ぎまわっては「Japanese only」(外国人お断り)という看板を見つけ、それを「人種差別だ!」と騒ぎまくっているガイジン。このArudou Debito氏は、2000年に日本に帰化したらしい。しかもアメリカ市民権を放棄せずに。本人はその2年後、二重国籍をアメリカ大使館から警告を受けてアメリカ市民権を放棄したらしい。(笑)このガイジン、実は変なことを言っているのだ。自分のことを「米国系日本人」と呼んでいる。ん?米国系日本人?「米国系」って何だ?アメリカ人という民族でも存在していたのか?アメリカには白い人もいれば黒い人もいる。黄色い人もいれば、イスラム教徒だっている。Arudou Debito氏は、そうした「人種のルツボ」と呼ばれる国から日本にやってきたんでしょ?Arudou Debito氏は、悪い意味で(笑)、体中にアメリカの価値観が染み付いた人なんだろう。彼の言わんとするところの「元は米国市民だったが、日本に帰化した人」を「米国系日本人」などと言い切ってしまっている。思い返せば、今から18年ほど前まで、ソビエト連邦が91年に崩壊するまで「ソ連人」(Soviets)という呼び方が存在していた。ロシア人をはじめウクライナ人、ウズベキスタン人、カザフスタン人、シベリアに住むヤクート人・・・みんな「ソ連人」だった。国家の名称をもって、民族ではなく、ある国家に所属する人々の集団を指す言葉。今、考えたら奇妙な言葉だったと思えないか?謎の「ソ連人」・・・私は思わず吹いてしまう。それと同じで、「アメリカ人」という言葉がいかに奇妙かに気づくべきだ。Arudou Debito氏は人種のルツボであるアメリカという国から日本に帰化した。そして「米国系日本人」と自分のことを呼んでいる。もし彼が20年前にソ連から帰化したのであれば、「ソ連系日本人」だったのか?「ソ連系日本人」って言葉。もう怪しさがたっぷり漂う言葉じゃないか。ロシア人なら「ロシア系日本人」、ウズベキスタン人なら「ウズベク系日本人」でしょ? 余談だが、ひょっとしたら、アメリカ合衆国という国が数年後に3つぐらいに分裂するかもしれない。アラスカやテキサスがカリフォルニアがアメリカから独立するかもしれない。白い人も黒い人も黄色い人もみんな「カリフォルニア人」か?アフリカ系カリフォルニア人?アジア系カリフォルニア人などという言葉がまた作られるのか?(日本人とは何か(2)に続く) やめたいけど、やめられない-パチンコ依存症 駅前のアヘン売人、パチンコ店を排除せよ。 TAMAGAWABOAT トップページから読む

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ふたたび田母神航空幕僚長の論文の話。実は、私はこの論文を自分の声で朗読し、バックにNHK大河ドラマ「風林火山」の千住明の音楽に合わせてビデオでも作ろうとしていた(笑)。だから、何度も何度も暗記できるほど、この論文を読ませていただいた。正直言って、もうすでに暗記してしまった(笑)。 「アメリカ合衆国軍隊は・・・これをアメリカによる日本侵略とは言わない・・・」何度も読み進めていくうちに、どうも言い訳がましい文章だなと思い始めた。そして徐々に、私は「日本が大陸を侵略したか、しなかった」なんてどうでもいいじゃないかという感想を持った。さらに最終的には、日本が大陸に侵攻しアジアを征服したことこそ日本人の歴史的偉業であり、それを現在に生きる日本人は誇りとすべきだという確信に至った(笑)。 日本人の多くが「侵略か否か」にこだわるのは、中国に事あるごとに「日本は中国に侵略した。侵略したことを認めよ」と繰り返し非難されてきたからであって、その中国の言う「侵略」という言葉の裏には、中国自ら行っているチベット・ウィグル・内モンゴルへの本当の侵略(武力侵攻と略奪)を正当化し、さらには日本の過去の揚げ足をとってあげつらうことによって、日本からの中国に対する非難をかわすことにあるのだ。であれば、中国に対しては「お前らが主張するような略奪なんてしてないぞ。お前らがチベット・ウィグルでやっているような人道に反する民族浄化など毛頭やってはいない」と反論すればよい。それでも五月蝿く言うのであれば、「ウルサイ、黙れ。70年も昔のことでウダウダと、なんとも女々しい奴だ。味噌汁で顔でも洗って出直せ」と一喝してあげればよい。少しは日本人に図太くマッチョな性格(男らしさ)が必要だと思う。 「日本が侵略国家だったか否か」といった議論はあまりにくだらない。たとえ「侵略」の要素が少しばかりあったとしても、そのことで周辺のアジア諸国に対して謝罪する必要もないし、また日本人が少しも負い目を感じることは毛頭ないのだ。眼を日本から外へ向ければ、東ヨーロッパ・バルカン半島にマケドニア共和国という国がある。マケドニア人はかつてペルシャ東方遠征を行った古代マケドニア王国のアレクサンダー大王(紀元前336 – 紀元前323)を民族の偉大な英雄として称えている。マケドニア人たちはアレクサンダー大王の話になると眼を輝かして古(いにしえ)の侵略の歴史について語り始めるのだ(笑)。しかしながら、実はアレクサンダー大王はマケドニア人ではなくギリシャ人であったのだが・・・(笑)。またフランスの英雄ナポレオン・ボナパルト(1769- 1821)などはヨーロッパを征服し、さらには広大なロシアの奥くまで進撃しモスクワまで占領した。これがナポレオン戦争であり、ナポレオンが征服したヨーロッパでは王政を倒し、ヨーロッパの諸民族にフランス革命の理念である自由・平等・博愛の理念をばら撒き、のちに諸民族が民族主義国家として成立していく近代の歴史的偉業を達成したのである。 日本人の多くの人たちも、アレクサンダー大王とかナポレオンを歴史的英雄と認めるでしょ?であれば、なぜ、その同じ日本人が、欧米列強によって植民地とされ過酷な搾取が行われていたアジアを征服し大東亜共栄圏を築き、アジア人を白人たちの植民地支配から解放し、アジア人としての誇りと勇気を与え、民族自決の精神を根づかせた日本人の先人たちを誇りに思い、英雄と呼ばないのか!?日本人が築いた大東亜共栄圏という新秩序は、アレクサンダー大王の東方遠征やナポレオン戦争と匹敵するほどの歴史的偉業だったのだ。実は中国もアメリカも、日本人がこの大東亜共栄圏という歴史的偉業について誇りはじめることを一番心配しているのだ。「正義」を振りかざし自らの暴力を正当化してきたアメリカにとってはきわめて都合が悪く、またアジアのリーダーに君臨したい中国にとっては「アジアを解放したのが日本」となってはまた困るのである。だから、アメリカも中国もアジア各地で「日本は60数年前の侵略戦争のために嫌われている」というプロパガンダを流し続けてきたのだ。 なぜ、多くの日本人は「侵略は悪い」とか「戦争は悪だ」とか言いつつも、NHK大河ドラマの信長・秀吉・家康の「国取り物語」や武田信玄の「風林火山」をウキウキした気持ちで毎週観ていたのか!「侵掠すること火のごとし」などいう文句は日本ではすでに放送禁止用語ではなかったのか!(笑)実は人間というのは、特に男性にとって戦争での英雄の「勇ましい」姿は、ある種の人間が本来生まれ持っている「本能」をくすぐるのである。五月人形を見てみよ。鎧・兜を身に付け、キリッとした眉と鋭い眼光を持つ男子の顔に私たちは何を感じるだろうか?五月人形の持つ「勇ましさ」に自分の子供も「この武者のように勇ましくあれ、強くあれ」との親の願いが込められている。なぜ人々は、戦国武将の馬に跨った勇ましい銅像を駅前に立てたりするのだろうか。その勇壮な武将の姿が町の誇りであり、郷土の自慢であるからに他ならない。ならば、戦後行われてきた「平和教育」とやらは何だったのか。「戦争は悪いことです」「人殺しは絶対に駄目です」「暴力はいけません」「過去の過ちを反省しましょう」「日本人は過去に悪いことをしました」「軍国主義はいけません」・・・。これらの言葉が、子供が生まれながらにして持っている「勇敢さ・勇ましさ」への憧れをすっかり奪っていったのではないか。だから、いまの日本人、特に20代は小粒ぞろい、器が小さすぎる。日本は上から下までネズミの心臓・ノミの脳みそを持った奴ばかりだと思う。日本人は過去の戦争にもっとロマンを持って語っていいんじゃないか。おそらく反日左翼と中国・朝鮮は、「歴史を美化するな」と言うだろうが(笑)。それは彼らのやっかみというもの(笑)。そもそも人類の歴史など、その大半が戦争の歴史なのだ。食うか食われるか、凄まじいほどの弱肉強食が繰り返されてきた歴史であり、そしてその弱肉強食は決して過去のものではなく今も続いている。その弱肉強食を戦いぬく「勇ましさ」と「たくましさ」を今の日本人は取り戻さなければならない。戦争でたった一度だけ負けたぐらいでうつむいている暇なんてないぞ。「次回は世界を征服してやるぞ」ぐらいの強い気概を持とうじゃないか(笑)。 私は思う。現在、田母神論文をテーマにメディアで議論している政治家もコメンテーターも右と言われる人も左の人も、実は平和教育によって洗脳された自虐史観を引き摺っているのではないだろうかと。「日本がかつて侵略国家だったか否か」なんて議論なんてする必要などないのだと。そして、もし中国が執拗に「侵略を認めよ」と言ってきたなら、日本人は地球儀を撫でながら語ればよい。「こんなに広大なアジアを侵略した日本の先祖はなんて偉大なのだろうか」と。それだけで、中国の執拗な追求は一瞬にして収束する。06年8月15日に小泉純一郎元首相が靖国神社へ堂々と参拝したときのように。 疾きこと風のごとし 徐かなること林のごとし 侵掠すること火のごとし 動かざること山のごとし 平成21年 いまだ元旦 多摩川競艇 TAMAGAWABOAT トップページから読む 田母神論文-これは誰かの策略なのか 靖国神社-彼らは何のために死んだのか?

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もう言わずと知れた田母神論文を巡っていまだに論議が続いている。「日本は侵略国家であったのか」という論文、どうしてここまでこの同じ話題をずっと引っ張っているか?なにかしら、裏に誰かいて策略でも練っているんではなかろうかと勘ぐりたくもなる。 まずは「侵略」という言葉の持つ意味を考えてみよう。私は「侵略」という意味には、文字通り、「進入して略奪する」ことと思ってきた。本当にそうか?田母神論文問題でのさまざまな人の「侵略」についての使い方が違うようなので、恥ずかしながら、不安になり、約10年ぶりに広辞苑を引いてみた。なぜ恥ずかしいかって?私は他人との会話の中でしばしば「よほど難しいとかあまり使用しない用語を広辞苑で調べるならともかく、小学校で習うような平易な日本語をわざわざ『広辞苑によれば・・・とある』と書き始める奴なんて、よほど日頃、いろんなことを考えていない証拠だ」なんて偉そうに言ってきた人間だからだ。いま己の傲慢さを反省している。さて、しんりゃく、しんりゃく・・・おっ、あった、あった。新村出さんという方の編纂による広辞苑では、 ——————————————————————— しん・りゃく【侵略・侵掠】 他国に進入してその領土や財物を奪い取ること。「-戦争」 ——————————————————————— とあった。自分がいままで思ってきた「侵略」の概念と同じだ。広辞苑の編纂委員の皆さんも私と同じ概念を描いていたということでひとまず安心した。 それじゃ本題に移ろう。実は、田母神論文「日本は侵略国家であったのか」でほとんどの日本人が政治家やマスメディアの皆さんが誤解していることをここで指摘しておきたい。英語には、私と広辞苑の編纂委員の皆さんが頭の中に描く「侵略」に該当する単語は、実は存在しない。おそらく日頃、英語を使われている日本人の方には「何を言うか!invasion (invade の名詞)があるじゃないか、それでなければaggression だろう。数年前のイラク戦争のときには、アメリカによるaggressive warとか英字新聞に書いていたじゃないか! 」と言われる方がおられると思う。正確には、invasionは「進入、侵犯」であり、aggression は「武力侵攻、攻撃」という意味であり、侵略に含まれる「領土や財物を奪い取る」という意味は、実は含まれていない。まだ記憶に新しいが、昨年8月に起こったオセチア紛争を思い起こせば、この紛争で一部のオセチア民兵が民家から「略奪」を行っていることがニュース伝えられたが、そこではlootingという単語が頻繁に使用された。 「侵略」という言葉は「進入する。そしてなおかつ、略奪する」という2つの意味を持った熟語であり、これは漢字世界において使用されてきたものである。ゆえに、「侵略したか否か、日本が侵略国家だったか否か」の論争は東アジアの漢字圏のみでできるものであったのだ。しかし、とんでもないことに、田母神俊雄前航空幕僚長は昨年12月1日、日本の外国人記者クラブで記者会見に臨んでいる。その際に、外国人記者たちに配布された英訳された田母神論文のタイトルは「Tamogami Essay – Was Japan an Aggressor Nation?」であり、そこで田母神氏の答弁は「日本は大陸にinvadeしていない。日本は中国にaggressive warはやっていない」と繰り返されたのである。日本語で言えば「日本は大陸に侵入した憶えはない。日本は中国に武力侵攻した憶えはない」と答えたのである。中国・韓国の記者を除いて、この時、欧米の記者たちはどんな反応をしたのだろう?もっと分かりやすく言えば、現在のドイツ軍の将軍が記者団の前で「実は、かつて旧ナチス・ドイツの軍隊はポーランドとソ連の国境を越え、スターリングラードまで進撃した憶えはない」と堂々と胸を張って語ったのと同じ状況なのである。これじゃ、外国人記者クラブはまったくの大洗海岸だぜ。さらに、それが外国の通信社やプレスを通じて世界に発信されたのだから、「最近の日本の歴史認識とはいうのはよほど変だ。こんな気の触れたような歴史認識を持った幕僚長を辞めさせた日本政府は、まあ当然の対処を行っただけ」と欧米では見ていることだろう。 それ以上に恐ろしいことには、「最近の一般の日本人たちは歴史認識が変だ。南京大虐殺は無かったと言始めたし、旧日本軍は20万人の処女狩りをやって性奴隷をやって戦場に連れていって、たくさんの女とパカパカやりながら、米軍にバンザイ突撃していたんだろ?かつて中国が『日本は歴史を書き換えようとしている』と日本に抗議していたが、やはりそうだったのか。大陸に侵攻したことなど無いとまで言い始めたか。もう日本人の話なんて信憑性をまったく感じなくなった」・・・なんて思うのじゃない?まるで中国の思う壺。 ここまで書いたら、今回の田母神論文についての論議、何かしら策略めいた匂いがしないか?私は考えすぎだろうか?なんか心臓がドキドキし始めた。   平成21年 元旦。 多摩川競艇 TAMAGAWABOAT To the top 田母神論文-侵略か否かにこだわるほど自虐史観

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http://youtube.com/watch?v=Hx1Qnh-wNq0 The first time that I visited Yasukuni Srine was 2004 4 years ago. My friend invited me to go to Yasukuni Shrine for Hatsumode (new year’s visit to a shrine) on 2004 New Year’s Eve. Before visiting Yasukuni Shrine, I had a skewed image of Yasukuni Shrine. For example, I had an image of […]

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証言は証言であり、ただちには証拠にはならない。言うまでもなく、証言には2通りあるからだ。ひとつは、ただの作り話、虚言。もうひとつは、合理的裏づけのある証言である。合理的裏づけのある証言のみが、証拠となり得る。言わゆる「人的証拠」である。 証言は常に、その信憑性(真偽)を問われなければならない。その証言に、十分な合理的裏づけのある場合に限り、その証言は、はじめて「人的証拠」となる。 証言の信憑性は、証人の身元・素性、動機や背景(証言による利益・不利益)、物的な証拠などによって 客観的・総合的に吟味される。そして、その信憑性が理にかなったもの(合理)であると判断された証言のみが「人的証拠」と呼ばれる。 71年前の南京攻略戦に参戦した旧日本兵は、すでに、平均年齢90歳を超えてしまった。平成19年12月、東京・九段会館で南京攻略戦を語った旧日本兵9人のうち、すでに2人が亡くなられた。 歴史は記憶である。記憶が消えるとともに、歴史も消える。時間はもう残されていない。旧日本兵の生の言葉を、いま記憶せよ。 [いわゆる南京大虐殺は、死体なき殺人事件である、被害者なき犯罪である。] We Japanese know that there are several ‘self-confessed ex-Japanese soldiers’ who testify that the Imperial Japanese Army committed atrocities against Chinese soldiers and civilians at ‘so-called Nanking Massacre’ (1937). However, it is a fact that there are many ex-Japanese soldiers who testify that Nanking Massacre never happened, while […]

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http://www.youtube.com/watch?v=h0lizzqOxuI “Do you remember this?” One day in August 1968, the event happened unexpectedly. A gentleman came over to Sugihara ‘Sempo’ Chiune suddenly. Showing Sugihara one tattered piece of paper, this gentleman asked him, “Do you remember this, Mr. Sugihara?” The piece of paper was the transit visa that Sugihara issued in Kaunas, Lithuania 28 years […]

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On August 15th, Yasukuni Shrine (Yasukuni Jinja) is in the news every year. August 15th in 1945 is the day that Japan made an unconditional surrender, which led to the end of the Pacific War . Just a week earlier, on August 9th, 1945, an American B-29 dropped the world’s second atomic bomb on Nagasaki […]

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私がこれから書くことについて、半分の人は納得し、また半分の人は私に対して敵意を抱くだろう。(笑、かなり挑発的な文章なので、ご一読いただく前に予めおことわりしておきます) 言うまでもなく、ほとんどの日本人が中学・高校で6年間、さらに大学に進んだ人は教養課程で2年間、会社の語学研修や駅前留学等で数年間、英語を学んでいる・・・しかしながら、英語が話せない、書けない・・・。英語に対する苦手意識やコンプレックスは膨らむばかり。日本人のほとんどの人がそうだ。「大学の英文科です。英語学科です」という学生のどのくらいの割合の学生が英語を話せたり書けたりするのだろうか。「英語が自由に書けたり、話せたりできたらいいのに」とたくさんの日本人が思いながらも英語が話せない書けない。なぜ、こんな現象が起きているのだろうか・・・その決定的な答えをここで提示する。 よく日本人が「なぜ日本人は英語が苦手なのか」を語る際に、日本の英語の教科書が悪いだの、文法・読解力中心の授業が悪いだの、英語教師が悪いだの・・・自分の英語が苦手な理由を他人のせいにしたり、「日本社会がそもそも英語を必要としない、使用する機会が少ないからだ」と社会のせいにしたり・・・まずはそういう他者に責任を転嫁することをやめるべきだ。そうした理由を挙げる人は、英語を語る以前に「語学とは何か」いや「言葉とは何か」を考えたことの無い人である。教科書が悪けりゃ、書店に行って、気に入った参考書でも買ってくればよい。日本の英語の参考書は、世界のどの英語教科書よりも、英語構文の成り立ちを懇切丁寧に解説してくれている。学校の教師が悪けりゃ、駅前留学でもして「ネイティブ」の教師に教わればよい。ある「ネイティブ」の英会話教師が言っていた。「なぜ日本人は英会話教室にやってきて、自分から積極的に話そうとしないの?これじゃ、時間と金の無駄使いじゃないか。何のために彼らは英会話教室にやってきているのかわからない」・・・実は、その通りである。 私は思う。特に英語は、ヨーロッパ語圏の人たちが英語を習得するのに要する努力、その数倍の努力を日本人はしなければ、ヨーロッパ語圏の人たちと同じようなレベルに達することはできない。「言葉」は毎日のように書いたり話したりしなければ習得は難しい。「語学」と呼ぶ以前に「言葉」というのは、主体性や積極性がないと習得できないものだ。自分の手で書こう、自分の口で話そうとする強固な意思がないと習得は難しい。私は先に述べた「ネイティブ」の英会話教師に次のように言った。「英語以前に、日本語すら正しく話せない書けない者が英語を話すことができるだろうか」と。私は思う。日本の小学校の段階から英語教育を実施するのはやめたほうがよい。さらには中学校の英語教育もやめたほうがよい。英語は高校から自由選択にしたほうがよい。時間と労力の膨大な浪費である。本当に英語を習得したいと思う者だけに英語を教えればよい。真剣にそう思う。 世の中で一流とされる大学の文系学部。東大法科とか慶応経済とか・・・入試の英語の偏差値が70ぐらいあっても、そこの大学をご卒業された人たちのどれくらいが英語を書けて話せるのか?実は、そうした人を見つけるは難しい。いないんだ。おそらく「英語を勉強するために大学に入ったんじゃない!」と反論される方もおられるだろう。じゃあ、その東大法科ご卒業の方、法学士様に「法とは何か?政治とは何か?民主主義とは何か?国家とは何か?他人の文献を引かずに・・・ご自分が日頃考えていることを答えてみてください」と訊ねてみるがよい。それに答えることもできない東大卒がいっぱいだ。日本のエリートと呼ばれる人たちですら「自分の頭で考えてみよう」という姿勢がはなっから無い人が多い。誰かが言った言葉や本や新聞に書いてあった言葉をそのまま引用する人ばかり・・・ステレオ・タイプで物事を表層的にしか見ていない。日本の文系卒というのはこの程度のものだ。(結構、ムカつく文でしょ?) そもそも言葉というのは、言葉を書く話す以前に、伝えたい「コト」や伝えるべき「コト」が無ければ話せない。その「コト」とは日頃、自分の頭の中で考えている「コト」。日本語でもペラペラと語っていることは、実は、日頃そう考えていたからこそペラペラと話せるのだ。ゆえに、日頃考えてもいないことを「英語で書け話せ」と言われても土台無理。書けるわけがない、話せるわけがない。そして、もっと重要なことは、その「コト」をどうしても英語で伝えてやろうという強固な意思や執着心が無ければ、書くことや話すことはできない。「英語がペラペラと話せたら、かっこいいなあ」なんて思って英会話教室に通っているうちは、英語が話せるようにはならない。ちょうど「綺麗なサッカーをやろう」と心がけてやっているうちは、ゴールが奪えないサッカー日本代表と同じである。どこまでも泥臭く、ストーカーのような強い執着心・・・それが日本人全体に欠落している。周囲に嫌われるぐらい自己主張の強い人ほど語学の上達が早い。 どうしても自分が考えていることを何が何でも英語で伝えてやろう・・・実は、そういった強固な意志と執着心がなければ、日本人が英語を習得するのは非常に難しい。当然ながら、私の英語も、いっぱい間違いがあることがわかっている。それが間違いだと自分で気づけば、次回はもっと伝わりやすい英語を書こうと努力すればよいだけのこと。英語は書けば書くほど上達する。誰も最初から英語がスラスラと書けるものでもないし、ペラペラとしゃべれるものでもない。その人の英語は、その人の習得段階に応じた英語しか書けない。それと同様に日本語もまた、その人の能力に応じた日本語の文章しか書けないのと同じである。 たいへん面白いことに、他人の英語の間違いを指摘したがる日本人は多いが、他人の日本語の間違いを指摘する人はごく稀である。その背景には、他人の英語の間違いを指摘することによって何らかの優越感を得ようとする日本人が多いからだろうと思う。それが理解できれば、堂々と自分なりに考えたことを、自分なりのレベルの英語で語ればよい。英語は使えば使うほど進化する。言葉とはそんなものだ。 TAMAGAWABOAT トップページから読む 関連: 靖国神社遊就館・人類の歴史とは戦争の歴史である     証言すなわち証拠ではない – 南京大虐殺     日の丸・君が代

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言うまでもなく、人類の歴史とは戦争の歴史である。 人類の歴史の中で「平和」は一時(いっとき)のことであり、 人類の時間の大部分を戦争が占めてきた。 人類の歴史の大部分を占める戦争の結果は、 私たちが暮らす現代社会に直接的・間接的にに影響を及ぼしている。 現代日本の成り立ちの根幹には、63年前の戦争の結果がある。 であれば、 63年前に何が起こったのか、どういった経緯で、 なぜ起こり、その末路には何があったのかを正確に知ることは、 現代日本の成り立ちの根幹を知ることである。 それを知らない者は、 現在のいまの日本社会を語ることすら不可能とも言えるのだ。 靖国神社の遊就館は、 近代の日本が欧米列強といかに戦ったかを伝えている。 有色人種である日本が、いかに欧米列強に虐められ、 それに対抗して、日本人がいかに果敢に闘ったか・・・ それを知る資料を提供してくれる。 靖国神社の遊就館に入ったこともなく、 ただ背を向け、否定的に語る人たちは、 実は、日本の近代の歴史を直視できない人たちである。 日本の近代、いや世界の近代は戦争の世紀だったからである。 日本の近代は、欧米列強の帝国主義に屈せず、 対抗していった歴史であり、その過程があったからこそ、 いまの日本があるのだ。 靖国神社の遊就館に入ったこともなく、 中国・韓国の嘘話を間に受け、彼らに見せかけ倒しの同情を表明する人は、 自分が「白人」になったかのような勘違いをした、 高所から見下ろそうとする傲慢な偽善者である。 日本の近代史も知らない人が国会議員にいる。 日本の近代史も知らない人がマスメディアにいる。 現代日本の成り立ちを知らずして、 どうして今の社会現象を論評したり、日本の政治的判断、 外交的判断をしたりできようか。 無知・無学な人たちに日本の舵取りを任せるのは非常に危険である。 靖国神社・反日ストーカー(anti-Japanese stalkers) を撃退するための問答集: A:「侵略戦争を正当化するな」 B:「あの戦争を侵略とレッテルを貼るな。歴史的事実を直視できない愚か者ほど、時の権力者が吹聴するデマに扇動され洗脳され、その結果、ステレオ・タイプに陥りやすい」 A:「日本は加害者として反省せよ」 B:「戦争とは、両者双方が加害者でもあり被害者でもあるのだ。勝手に被害者になるな」 A:「日中韓では、歴史観が違う」 B:「その観(view, perspective)とは何か?日中韓で起きている問題は歴史観ではない。歴史の事実そのものが異なっている。どちらかが事実とは異なる歴史を捏造していると考えるべし。ゆえに歴史観という言葉は不適切だ。歴史は捏造は許されるのか?当然ながら、歴史を捏造するものは悪であり、許すべきではない」 A:「帝国主義・植民地支配を正当化するな」 B:「植民地とは何か説明せよ。植民地とは、搾取・収奪が一方的に行われたか否かによって問われるべきであり、その場合、宗主国(colonial master)と植民地の間の経済的収支が黒字・赤字を厳密に精査することが必要である。さらには、それをいまさら蒸し返して何をしたいのか?」 A:「軍国主義を復活させるな」 B:「軍国主義とは何か説明せよ。意味もわからず勝手な造語を使うな。あなたが軍国主義ではないと思う国を列挙してみなさい」 A:「歴史を美化するな」 B:「わざわざ捏造を加えて醜く描く必要もなかろう。あなたが事実を美化したと感じるならば、あなたにとって、その事実が眩く見えたにすぎない」 書き終わったあと、結構、自分ながら乱暴すぎたかなとも反省する。(笑) http://jp.youtube.com/watch?v=Hx1Qnh-wNq0    西村幸祐編集 […]

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http://youtube.com/watch?v=8Db4vorG0ug As you may know, public sentiment against Japan in China is very strong. Such strong sentiment against Japan is called “Anti-Japanese Sentiment”. Why do you think the Chinese people have such a deep-seated antipathy toward Japan? I suppose you will answer as follows, “Because various historical issues cause the Chinese people to hold anti-Japanese […]

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http://www.youtube.com/watch?v=fsDYEXlCjQg On April 13th, Zenkoji Buddihist temple (Nagano, Japan) held a little and silent memorial service for victims of the uprising in Tibet. Zenkoji’s monks and citizens lighted 177 memorial candles to pray for the souls of the 177 dead. Zenkoji temple had been set for the starting point of the Olympic Torch Relay scheduled […]

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フランスをはじめとする欧米各国は、中国政府のチベットでの一連の出来事を「人権侵害」として非難している。案の定、今回も日本人たちのチベットについての言動は「人権侵害」一色に染まってしまった。日本人が留意すべきことは、欧米が「チベットは中国の不可分の領土」と言い、チベット問題をチベット人の民族自決とは切り離して人権問題にすりかえていることだ。何?ダライ・ラマ14世は独立を求めていないだって?独立を求めないのに、どうしてチベット亡命政府が存在するのか?チベット人の目標はあくまでも中国からの独立なのである。民族自決権という世界の価値基準からしても、チベット人は自分の国を持つ当然の権利がある。 欧米は、コソボなどといった人口200万人・面積1万平方メートル(四国の面積は1万8千平方メートル)の国の独立を今年の2月に承認したばかり。しかしながら、チベット民族は中国国内だけでも540万人を数え、面積はチベット自治区だけでも122万平方メートル、もとのチベット王国の面積はその倍であった。しかしながら、欧米はチベット問題をチベット人の民族自決とは切り離して人権問題にすりかえている。なぜか?欧米の主要国は、アジア・アフリカを植民地として支配してきた歴史を持っている。白人同士の民族自決は認めても、アジア・アフリカ系の有色人種の民族自決は認めない、もしくは関心がないのだ。フランスは特に、いまでさえも南太平洋にタヒチなどポリネシア諸島を植民地として持っている。フランスは95年、ここを核実験場として使用し放射能を撒き散らし、多くのポリネシア人たちに健康被害をもたらした。奴らはたびたびダブルスタンダード(二重基準)を用いる。欧米人の発想の原理には、無意識ながらにも常に白人至上主義が存在している。日本人はこうした欧米の言論に振り回されず、チベット人を同じアジア人として独自の視点で世界の動向をみるべきだ。であれば、いまチベットで行われていることを「人権侵害」なんて表現してはいけない。いまチベットで行われていることは民族浄化(ethnic cleansing)であり、それに伴うジェノサイドなのである。これらの言葉は、98年に起こったコソボ紛争時に欧米メディアによって盛んに使用されたことを思い出してほしい。日本のメディアまでもが、民族浄化のことを欧米メディアが発する用語を用いて「エスニック・クレンジング」など呼んでいたことを憶えておられる日本人もたくさんいるだろう。実は驚くことに、わずか10年前まで、日本語には「民族浄化」という単語すらなかったのである。 民族浄化・・・いま中国共産党によって、チベット民族そのものを滅ぼそうとする極悪で非道な行為が進行している。1950年にチベットが中国共産党によって侵略され、チベット人が民族としての当然の権利であった民族自決権を剥奪され、そして、それ以来、128万人もの凄まじい数のチベット人の命が奪われた。そして、その悲劇は今なお続いている。日本人は気づくべきだ。なぜ、多くの左翼系の人間がチベット問題を直視することを避けているのか?それは、多くの左翼系の中心となる人々が実は中国共産党の傀儡であり、そして、チベット問題が多くの日本人たちに「日本人としての民族意識」を呼び起こすことに気づいているからに他ならない。世界中で掲げられ振られている抗議のチベット国旗は「日の丸」であり、チベット人が手を合わせるダライ・ラマ14世は「天皇」の姿そのものである。 日教組の教師たちは「日の丸・君が代」に「軍国主義」という黒いインクを振りかけ、無垢な子供たちを「反日の日本人」として洗脳してきた。「天皇」を先の大戦の戦犯として侮辱することによって、日本人から「天皇」の存在を排除しようとしてきた。今これらと同質の人たちが、外国人参政権を強力に推進している。そして、外国人参政権に反対する者たちを「偏狭なナショナリズムだ!」と非難している。私はその人たちに問いたい。「それじゃ、偏狭ではなく寛容なナショナリズムって何ですか?」 これに返答できる左翼は実はひとりもいない。なぜか?彼らは心の底からマルクス主義や唯物論に傾倒なんてしていない。他国の傀儡か、ただただ舶来の思想にカブレているだけだ。ゆえに、彼らは自分で思考して練り上げた「自分自身の言葉」を持たない。だから、彼らはただただ自分の洋書の読書暦しか紹介できない。それが今の日本の学者の姿である。 いま在日韓国人・朝鮮人の団体や韓国の大統領にまで外国人参政権を要求されて、彼らの要求を満たすために奔走している政治家たちが日本にいる。日本人は、彼らが日本人の民族自決権を削ごうと企む人たちであり、彼らの行為そのものが「内政干渉」であり「侵略」であることに気づけ。そして絶対にそうした行為を許すな。彼らの言動はさまざまな詭弁を用いる。「真の国際化」とか「先進国として・・・」とか「いまEUでは・・・北欧では・・・」とか「グローバリゼーション」とか、彼らはありとあらゆる言葉を用いながら、一般の日本人を騙そうとする。彼らは一般の日本人が「欧米カブレ」であることを熟知している。彼らは日本人が欧米的なものに感化されやすいことをよく知っている。ゆえに、私はチベット問題に関連して、日本人の欧米的・白人的思考からの脱却と、欧米とは異なる日本人として思考が必要であることを訴えたわけである。保守系政治家たちがよく「日本は欧米社会と価値観を共有している」などと言う・・・はたしてそうか?よく考えてほしい。 日本人ひとりひとりの人権を守るためには、日本人の民族権を他民族の侵略から死守しようとする確固たる強い意思が必要である。いま議論されている外国人参政権は、日本人の民族自決権を侵すものとして徹底的に排除すべし・・・チベット人たちは自らの民族自決を取り戻すために、人民解放軍の戦車に対して石ころで抵抗している。自らの主権を命がけで守ろうとする・・その尊さをいまのチベット問題から学ぶべきだ。民族の独立が担保されてはじめて、人権は保証されるのだ。 http://youtube.com/watch?v=fsDYEXlCjQg 関連記事 日の丸・君が代 日本人がいくら憲法9条を誇っても、世界は誰も知らない チベット大虐殺を人権侵害・人権弾圧と呼ぶな! 日本人とは何か(1) 日本人とは何か(2) TAMAGAWABOAT  トップページから読む

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広島の爆心地にある平和祈念公園の原爆死没者慰霊碑に「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませぬから」という文言が刻まれている。この主語の無い不完全な文章は、その解釈を巡って議論を巻き起こしてきた。やはりひとりでも多くの人々が理解できるよう、きちんと主語を入れて「誰が・・・過ちを繰り返しませぬから」と訂正し、原爆死没者慰霊碑に刻み直すべきである。その主語が日本なのか?アメリカなのか?政治なのか?世界の邪悪な者を指すのか?それを吟味し決定すべきである。さらには「過ち」とあるからには、どんな過ちなのか?具体的にそれを検証し、どんな経緯を辿って、その過ちは起こったのか?「過ち」を防止するためには、いっさいの情緒的なものを排して冷徹に、その原因と「過ち」が起こったプロセスとメカニズムを検証し、明らかにする必要があるだろう。こうした作業に対して感情的に反対する者こそ、同じ「過ち」を再び繰り返しかねない危険な者たちなのである。 原爆死没者慰霊碑にある「過ち」を直接に犯した者は、日本の軍隊組織でもなければ、日の丸でも君が代でもない。この「過ち」を直接に犯した者は、アメリカ大統領トルーマンおよびルーズベルトであり、それを選んだアメリカ国民であり、B-29搭乗員の者たちである。ゆえに、「過ちは繰返しませぬから」という文言は、当然ながら、米軍横田基地や厚木基地や嘉手納基地のメインゲートや米アーリントン墓地に「英語」でその碑を建てるべきである。アメリカ人のほとんどが「原爆によって戦争を終わらせた。原爆が日本本土上陸に際して失われたであろう数十万人の米兵の命を救ったんだ」などと本気で思っている。アメリカの義務教育でも子供たちにそう教えている。こうした間違った教育を受けたアメリカ人たちを、自らが行った「非道な行い」について正しく再教育していくことこそ、慰霊碑に刻まれた「安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませぬから」の本当の趣旨ではないのか!?であれば、アメリカ人ひとりひとりに対して「過ちは繰返すな!Never Repeat Your Mistakes!」と叫ばなければならない。歴代のアメリカ大統領は広島・長崎を一度も訪れたことがない。 B-29戦略爆撃機スーパーフォートレス、ボーイング社製。スーパーフォートレス(Superfortress)とは「超空の要塞」の意。全長は30.18m、翼幅43.05m。当時のB-29戦略爆撃機をもう一度同じ空に浮かべ、63年前に日本人を虐殺した巨大な悪魔を日本人は下から見上げるべきだと思う。ミリタリー模型が好きな日本人でアメリカの戦闘機や戦車を作るのが好きな者でも、B-17爆撃機は持っていてもB-29爆撃機を持っている奴を私は見たことが無い。それほどB-29という存在は、日本人にとって「トラウマ」的な存在ではないかと思う。しかし、あの戦争を語るに不可欠な存在でもあるのだ。あの戦争での「過ち」とは何だったのか、よくよく検証をするために、われわれ日本人は、B-29へのトラウマを克服すべきだと思う。いま日本人は目を大きく見開いてそのB-29爆撃機を直視すべきだ。日本人の一種のショック療法とも言うべき処方をここに提示する。 [プロジェクト概要]2008年7月20日から8月15日まで、本土空襲を受けた66都市のうち、北海道・根室を皮切りに、旭川、札幌、帯広、函館、青森、八戸、秋田、新潟、長岡、盛岡、仙台、日立、宇都宮、前橋、高崎、伊勢崎、熊谷、甲府、真岡、水戸、千葉、銚子、八王子の上空を飛び(上空通過に際しては各自治体に防災用サイレンを鳴らしてもらうよう要請中)、そして東京では7月26日(土)に開催される東京・隅田川花火大会のイベントに上空から参加。地上からのサーチライトに照らし出されるB-29の姿を披露する。さらに、川崎、横浜、小田原、沼津、名古屋、桑名、岐阜、富山、敦賀、福井、京都、大阪、堺、神戸、和歌山、姫路、岡山、徳島、高松、松山、高知の上空を通過する。そして、8月6日と9日には広島・長崎の原爆祈念式典の原爆が投下された時刻に、その姿を上空に現す。続いて、福山、北九州、福岡、鳥栖、佐賀、佐世保、大村、熊本、大分、延岡、宮崎、鹿児島、那覇を巡って、一連の日本列島縦断飛行を終了する。 一般公開は、北海道・千歳基地、青森・三沢基地、埼玉・入間基地、愛知・小牧基地、大阪・伊丹基地、山口・岩国基地、長崎・大村基地、沖縄・那覇飛行場にてそれぞれ行い、見学者に実際に搭乗してもらい機内を見てもらう。 また、B-29の全国巡航にあたっては、ドキュメンタリーフィルム制作チームを随行させ、イベントや参加者の反応を追う。 B-29爆撃機は、日本全国の巡回飛行を終えたのちは、東京・台場にて永久展示し、1945年3月10日の東京大空襲によって亡くなられ、無縁仏となった8万8千柱の遺骨をここに納骨堂を建立し移設する。そして、そこには慰霊碑に「安らかに眠って下さい。○○には過ちは繰り返させませぬから」と使役の動詞を使って恒久平和への強い決意を刻む。いまの日本人には荒療治が必要だ。 企画・立案: 多摩川企画  協力: 防衛省、東京都知事本部ほか各道府県   協賛: 産経新聞社  ※お問い合わせは、B29@live.jp まで。 関連記事 日の丸・君が代 日本人がいくら憲法9条を誇っても、世界は誰も知らない TAMAGAWABOAT  トップページから読む

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人権、人権と日本人はよく口にする。人権という言葉に対してある種の進歩的なイメージを抱いてきたのじゃないか・・・そんな気がする。いま政界を騒がしている「人権擁護法案」にしたって、その法案を推進しようとしている人間たちは、なにかしら「人権」という捉えどころのない甘ったるい言葉で、人々の反対を寄せつけず、さらには「先進国として無くては恥ずかしい」とか「かけがえのない命」とか「人間の尊厳」などといった言葉で修飾し、終いには「ポスト・モダン」などといった言葉まで持ち出してきてた。何がポスト・モダンだ?何が人間の尊厳だ?推進している連中の顔をよく見りゃ、およそ尊厳とはほど遠い顔をした連中ばかりじゃないか。実際に「人権とは何か?」「人の権利とは何か?」と訊ねたところで自分で的確な言葉で表現もできず、ただただうろたえるばかり・・・「人間とは何か?」とか「人とは何か?」などといった究極的なテーマを深く考えたことがないと、そんなこと容易に答えることができるはずがない。法務省の100%の役人と99%以上の弁護士さんですら明確に回答できない・・・人権擁護法案の話はまた別の機会にお話するとして、チベット蜂起に伴う中国政府のチベット人虐殺の話をしよう。肝心の人権擁護法案推進派の人たちが不思議なことに沈黙している話題だ。 よくテレビや街頭でチベット虐殺で中国を非難している人々が口々に「中国はチベット人に対する人権弾圧をやめろ!人権侵害をやめろ!」と叫んでいる。しかしながら、私はずっと違和感を感じてきた。なぜならば、いまチベットで行われていることは、ほとんどの日本人が想像する「人権侵害・人権弾圧」とは、あまりにもかけ離れた行為が中国によって行われているからだ。中国は1950年以来、チ ベット民族の「民族自決権」を踏みにじり、「侵略」し「略奪」の限りを尽くしたあげく、チベット民族を 国家的・組織的に抹殺しようとしてきた。すでに中国は、128万人の無実のチベット人の命を奪い、人間の想像を超 えたところでの拷問・強姦・暴行をチベット民族に対して繰り返してきた。人を虫けらのように甚振って殺す行為や残酷な拷問・・・そうした行為は日本人が想 像する「人権侵害・人権弾圧」の領域を遥かに超えている。 さらには、生き残っているチベット人たちの男女に断種・避妊手術を強制し、民族としての種を根絶させようとしている。こんな行為を「人権侵害・人権弾圧」などと甘ったるい言葉で呼ぶな!中国がチベット人に対して行っている行為は、人にあらざるべき鬼畜の行いであり、同じ人間として許すことのできない人としての道から外れた「ジェノサイド」であり、「極悪非道の行い」である。ユダヤ人のホロコーストや(捏造された)南京大虐殺を指して誰が「人権侵害・人権弾圧」などと呼ぶであろうか。これらは極悪非道の残虐行為と呼ぶにふさわしい。これは人権の問題ではなく、人道の問題であり、人としての道から外れているからこそ「非道」なのである。This is NOT human right issue BUT humanitarian issue. 同じ人間として許すことのできない人としての道から外れた「極悪非道の行い」であれば、諸外国の中国への非難を「内政干渉」としてかわす理屈はまったく成り立たない。同じ人間ではあれば、人にあらざるべき「極悪非道の行い」に激しい憤りを感じ、中国を厳しく戒めて即刻やめさせるのが人の道である。われわれの想像を遥かに超える、目を覆うばかりの野蛮で冷酷な残虐行為・・・そうした行いが、同じ時間を共有する人々に向けられて行われている。そうした残虐行為を声を荒げてやめさせようとするのが人である。それができない人間には「人間の尊厳」など元から備わってはいない! 南京大虐殺に関心のある人は、ぜひチベット大虐殺と比較しながら残虐行為を検証していくべきだ。実は、虐殺の方法、人の苦しみをまるでねぶるかのような拷問のやり口、そして強姦・・・アイリス・チャンの書いた「ザ・レイプ・オブ・ナンキン(THE RAPE OF NANKING)」そのままである。私が言わんとするところは、これが日本人の想像を超えた漢民族のやり口であり、「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」が漢民族の持つ残虐性を反映したものであったということである。実際に、1937年(昭和12年)7月29日に起きた通州事件(北京市通州区)でも、中国保安部隊が日本軍留守部隊約110名と婦女子を含む日本人居留民420名を襲撃し、チベット大虐殺と同様な残虐行為を行っている。さらに卑怯なことには、この通州事件における残虐な殺され方をした写真の多くが、中国の主張する南京大虐殺の証拠写真として用いられているのだ。生首が晒された写真、女性の局部に異物を差し込まれたままの死体の写真・・・これらの被害者は、実は日本人なのである。 中国共産党は、本来、日本人が被害者であるべき写真を「日本兵に虐殺された中国人」と称して、世界中にばら撒いてきた。南京大虐殺を「ホロコースト」などと過激な呼び方をし、世界中の人々に日本人のイメージを「野蛮で残酷な民族」として植えつけ、一方では、中国人を「可愛そうな同情すべき被害者」として宣伝してきたのである。最近になって、ようやく見えてきた・・・何のために、何の目的で、これほどまでに中国共産党が躍起になって捏造された南京大虐殺を世界中に宣伝しているのか・・・世界の目を「ザ・レイプ・オブ・ナンキン」に釘づけし、中国共産党がいま現在行っている真のホロコースト、「ザ・レイプ・オブ・チベット(THE RAPE OF TIBET)」を目くらましにするためだったのである。世界の人々のみならず、日本人までが「南京大虐殺」という目くらましに遭っていたため、そのあまりの残虐性ゆえに「チベット大虐殺」が霞んでしまっていたのだ。いま日本人が、世界のどの人々よりも、激しい憤りを持って「ザ・レイプ・オブ・チベット(THE RAPE OF TIBET)」の持つ中国共産党の極悪非道を訴えていく・・・日本人には、その人道的な使命があり、それは世界からも期待されているのだ。 もう一度繰り返すが、チベット虐殺を人権侵害・人権弾圧と呼ばないでほしい。これこそが「ザ・レイプ・オブ・チベット(THE RAPE OF TIBET)」である。 関連記事  チベットに学ぶ民族自決権の尊さと外国人参政権の危険性 TAMAGAWABOAT トップページから読む

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There are people who are eager to bash Japan on the pretext of protecting whales in the world. Anti-whalers condemn Japan for research whaling with one voice. Anti-whalers often become emotional and start bashing not only Japan but also Japanese people. Whaling issue invites racial bias against Japanese people. According to a survey, more than […]

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岡田資(たすく)中将・・・。 いやあ、驚いたよ。過去の日本人に俺にそっくりな人間が存在していたなんて・・・。(ゲラゲラ、勝手に笑え) 俺から見れば、岡田資中将はごくごく当たり前のことを主張し、そして、それを終始一貫して貫いた日本人だった。どこまでもまっすぐ、そして「悪」は「悪」であるととことん主張し、己に与えられた任務を全うした・・・確固たる自分を持っているひとりの日本人の物語。日本人のみならず、国籍・人種を超えて世界中の多くの人が岡田資の人格には好感を持たざるを得ないだろう。この岡田資を演じる藤田まことがいい味を出していた。 音楽は加古隆。ご存知のない方は「映像の20世紀のあのテーマ曲の・・・」と言えば、「ああ、あの人」と思い出す人は多いと思う。「明日への遺言」のテーマ曲は、昔、聴いた記憶のあるような無いような、憂いを少し抑えた感じのメロディー。だがこれがいい雰囲気を作っている。音楽は映画の中の大きな要素を占める。音楽は映像にツヤを与え、立体的にしてくれるもの。小泉堯史(たかし)監督は、前作でも加古隆と組んでいた。 戦犯としての岡田中将が、まったく臆せず、周囲のアメリカ人を食っていく。岡田中将が巨人に見えてくる映画だ。最初は、憎たらしい感じの検察官(フレッド・マックィーン)までが、ある日の法廷で岡田中将が仇役である検察官に、「ヨッ、検察官様」なんて挨拶をすると、この検察官がちょっと戸惑って、困ったような嬉しいような微妙な笑顔をはじめて見せるシーン。このシーンが俺は一番好きだ。このシーンを境に法廷は和みはじめる。ちなみに、検察官を演じたフレッド・マックィーンは、スティーブ・マックィーンの息子だそうだ。 映画は処刑台の階段へ向かうところで終わるが、悲壮な感じは残さなかった。爽やかさを後味として残した映画だった。この映画は、日本のみならず、海外でも受けるだろうなと思った。 明日への遺言(予告篇) 話はここで突然変わるが、主権回復を目指す会の人たちが3月10日(月)駐日アメリカ大使館において「63年前の東京大空襲・米国は日本人の大量殺戮を謝罪しろ!」という抗議活動を行ったそうだ。どうやら、このアメリカに対する抗議活動が親米保守派には反米活動に見えるらしい。 この馬鹿どもは、「反米運動は困ります。日米同盟は日本の安全保障の要ですからやめてください」とか、「日米関係は日本にとって屈辱的ですが、シナに攻め込まれるよりマシです」とか、「イラク侵攻がたとえ侵略であっても、日本はアメリカを支援すべきです」とか、「もし仮に911同時多発テロがアメリカの自作自演だったとしても、それが何なんですか?」とか。もう彼らの馬鹿さ加減にはうんざりする。 アメリカは63年前に80万人以上の非戦闘員を意図的に虐殺した。犠牲者は女性・子供・老人たちだ。それに対して憤りを憶えるのは当然であり、アメリカの大統領が被爆地を訪れて、献花をして黙祷をささげるのは当然であると思う。戦後63年、アメリカの大統領はただの一度も謝罪の言葉はない。それでいながら、アメリカはいまなおイラクで戦争とは関係のない数十万人の女性・子供を虐殺している。日本はその侵略戦争の片棒を担いでいるのだ。親米保守派はなぜ事実に眼を背けるのか?自分さえよければ、それでいいのか!? 打算的で、臆病な親米ポチ保守の日本人には、 岡田資の心は到底わかるまい。彼らには確固たる自分がない。 とことんまっすぐな精神がない。 そして真実に対してあまりに不誠実すぎる。 TAMAGAWABOAT トップページから読む

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日本人にとっては少しばかり辛辣な話をする。たまにではあるが、日本人が日本という国の将来に悲観をして、こんなことを言い出す日本人に出くわすことがある。「日本はもうこれ以上の経済的発展も見込めないし衰退していくだけ。日本の周囲には中国やら北朝鮮やら韓国やら得体の知れない気持ちの悪い国ばかり。中国がいつ攻めてくるか心配でしょうがない。いっそのこと、日本は独立を放棄してアメリカ合衆国の51番目の州として国土を差し出したらどうだろうか!?それって、いいアイディアだよね。日本人はみんなアメリカ国籍。軍事的に守ってもらって、外交的にも経済的にも強力になるし、1億3千万人の日系アメリカ人が誕生したら、日系の米大統領も夢じゃない・・・」 実はこれ、先日、飲み屋さんのカウンターでたびたび顔を合わせる店の常連客(都立高の国語教師)が言った言葉だった。 その話を聞いて、その常連さんに言った。「あなたね。トイレに行ってさ、トイレにある鏡で自分の顔をよく見てごらん?アメリカ人ってどんな顔していると思う?あなたの眼は青いですか?あなたの髪は金髪ですか?あなたの顔は白人っぽいですか?あなたの顔は、アジア人そのもの。あなたがよほどアメリカのことが好きなのはわかるけど、アメリカ人の立場になって考えてごらん?日本が領土をアメリカに差し出すというと、アメリカはきっとこう言い出すと思うよ。領土は有難くいただきます。そして日本人には第2アメリカ人というタイトルをあげましょう。第2アメリカ人は日本州から本土への移住はできません。そして徴兵制を施行しますので、アフガンとイラクの前線へ行っていただきます。これからイランと戦う準備中でしたから、君たちはそこでもがんばっていただきます」 その常連さん、どうして私がこんな説教じみた事を言っているのか皆目わからないらしく、キョトンとしていた。 マンザナール強制収容所。第二次大戦中、アメリカ合衆国はアメリカ国籍を持つ日系アメリカ人1万人あまりをここに収容した。日系アメリカ人強制収容所はここ以外に9つあり、アメリカ全土で11万人がすべての財産を完全に奪われ、終戦まで各地の強制収容所に収容された。ドイツ系やイタリア系は収容されず、日系だけが4年近くも囚人のように自由が奪われた。奪われた財産は帰って来なかった。同じ国籍を持っていても白人でなければ人種差別を受ける。それがアメリカだ。戦後63年経たいまも同じ。昨年、米下院で可決した慰安婦決議。まったく事実に基づかない日本への慰安婦非難決議が通過してしまった。アメリカ軍も日本進駐時や朝鮮戦争時、そしてベトナム戦争時でも慰安婦や売春婦を囲っていたじゃないか。それを日本側の反論も許さず、アメリカ自身の過去も省みず、一方的に嘘で塗り固めて「日本人=野蛮で破廉恥な強姦民族」としてレッテル貼ったじゃないか。この問題の根本は、アメリカ人の日本人に対する人種差別にある。われわれ日本人は今もなお有色人種として差別や偏見を受けているのだ。アメリカ人が日本人を差別しているといったことは極めて受け入れがたいことである。もちろん差別を受け入れる必要はない。しかしながら、彼らがわれわれ日本人を今でも人種的偏見で差別していることは、われわれ日本人の認識のどこかに常に置いていたほうがよいかと思う。いつの間にか、多くの日本人は自分の顔が白人と同じであって、白人たちはわれわれ日本人を対等に扱ってくれているなどといった間違った錯覚に陥っている。日本人は、あまりにもアメリカ合衆国に幻想を抱きすぎる。アメリカの「自由・人権・民主主義」なんて幻想に過ぎない。 卒業式で「君が代」が演奏されると、これ見よがしに即座に着席する教師。校歌は斉唱できても国歌は斉唱できないそうだ。君が代を国歌として歌うことはおろか、君が代が演奏されている間じゅう、着席していることが「良心の自由」とやらを守ることになるそうだ。わざわざ、そうした姿を無垢な児童たちに見せて、「どう?これが良心の自由を守っている尊い姿よ。私は人間の尊厳を守るために戦っているのよ。ほらほら見て見て。さあ、あなたたたちも・・・(これ見よがしの示威行為)」なんて考えてんだろ、コイツ等。こうした教師たちはきっと「たまたま運が悪くて日本人に生まれただけ。人間はみな生まれながらにして自由なのよ。だからって国籍なんて変えないわ。せっかくオイシイ仕事に就けたのだから。誰にも私の思想と信条を侵害することは絶対に許さないわ!ゆけ~、フリーダーム!!」なんて考えているんだろうな。こういった教師は自分の親の葬式でも「私は、本当のことを言えば、この親の子供としては生まれたくなかったんです!親が死んで、やっと自由になりました!遺灰は墓参りが面倒だから、海に撒く自然葬にいたします!」なんて挨拶するんじゃないか?子は親を選ぶことはできない。そして子は死ぬまで、その親の子という運命を背負って生きる。そこに自由はない。本人は望まなくても日本人に生まれたからには、どこの国へ行こうが他所の国へ移住しようが、本人が死ぬまで「日本人」であり、そこに自由はない。本人は自由と思っていても、その肌の色や小さな眼は変えられない。たとえ日本人がいない土地で暮らしても、周囲はあなたを「日本人」とみなす。だから、他所の土地においても「日本人」ということから自由にはなれないのである。日本人は日本人として生まれた以上、日本人として死ぬのが運命なのだ。しかしながら、海外に一歩でも出ると、赤い旅券を携帯し、時にその赤い旅券はあなたの生命を守ってくれることもあるし、他の国籍の人たちが自由に入国できない国も査証無しで入国できたりすることもある。バックパッカーとして海外をひとりで歩けば、「日本人」というだけで、現地の人たちのいろんな恩恵にも授かれることが多くある。それらはみんな、先人としての日本人たちのお陰なんだ。 日本人は、戦後63年間、アメリカの「自由・人権・民主主義」をあまりにも崇拝しすぎてはいなかったか、よくよく考えてみるがよい。アメリカの掲げる「自由・人権・民主主義」を中心に、いつも日本はその周りをグルグルと回ってきた。アメリカを地球としたら日本が月で、アメリカという地球を常に見つめながら、「自由」「人権」「民主主義」と唱えつつ、同じ軌道を63年もの間、周回してきた。しかしながら、ここにきて、日本はその周回軌道をいつの間にか大きく外れてしまった。軌道を外れて宇宙のはるか彼方へ飛んで行きそうだ。自由・人権・民主主義の乱発によって、もうどこまでも自由・人権・民主主義・・・社会や組織は崩壊し、日本人ひとりひとりが完全なる個となりつつあることに気づく。「社会がなんだ!?国がなんだ!?フリーダムだ!俺は自由だ!俺の勝手だ!」・・・自由・人権という言葉が、あまりにも拡大解釈されすぎて、社会の混乱と無秩序さを生み出しているのだ。 「君が代の強制は、自分の思想・信条を侵すもの」と主張し、児童たちの大切な門出の儀式を身勝手な行動で乱す・・・それが周囲にとってどれだけ迷惑か、周囲に迷惑をかけてすまないという気持ちすら無いのか?そんな「良心の呵責」すら感じない人間が「良心の自由」を語るな!・・・と私は言いたい。 TAMAGAWABOAT トップページから読む 関連記事 B-29日本列島縦断飛行プロジェクト       日本人がいくら憲法9条を誇っても、世界は誰も知らない       靖国神社遊就館・人類の歴史とは戦争の歴史である       日本人とは何か(1)       日本人とは何か(2)

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実は、映画には法則がある。 異なる価値観や歴史観、国籍や民族を超えて 人々に愛される映画には共通するものがある。 それは最大多数の人が共有できる普遍的なもの・・・「ヒューマニズム」である。 どこの国の人であろうが、どんな人種であろうが、みんな「ひとの子」である。 母親がいて、子供がいて、妻がいて、兄弟がいて、親友や恋人がいる・・・。 その「人の子」である観客と等身大の主人公が登場する映画。 ・・・実は、こうした映画が観客にとっては感情移入しやすく、 観客にとっては、自分の子供、自分の父親、自分の夫、そして自分自身へと シンクロしやすく、 いつの間にか、観客を映画が創造した世界へといやおうなしに引きずり込んでいく。 映画は、ひとつの世界を作り出さなければならない。 映画は、エンディングロールが終わるまで、片時も観客に席を立たせてはならない。 映画は、映画館を出ても、観客にその感動を反芻(はんすう)させるものでは なくてはならない。 そして、よい映画は人生の教訓をひとつ与えてくれる。           ここに爽やかな2人の青年がいる。 歴史に翻弄された青年がいる。 堅い友情で結ばれた青年がいる。 青年には愛する妻があり、 子供との絆がある。 言われ無きぬれ衣があり、卑怯な裏切りがある。 2つの国があり、 2つの国を想う時間と空間を越えた壮大な世界観がある。 そして・・・その戦いはいまも続いている。 なぜ、これがいまだに映画化されないのか、私は不思議でならない。 最近、オナニーがやめられません。 TAMAGAWABOAT トップページから読む

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今日も裸の王様を糾弾したいと思います。まずは左の写真をご覧ください。これはYouTubeで展開されている「ユダヤ人ホロコースト否定」のビデオの一場面です。ホロコーストの写真を検証し、それらの写真が捏造であったり、写真が何者かによってトリミングされたことを指摘して、ナチのホロコーストが捏造されたものであることを訴えている・・・そんなビデオの一場面です。あなたはこれを見て何を感じますか?「なんて愚かな奴」と思います?「ホロコースト否定など無理。証拠はたくさん他にある」とか「ホロコーストを否定するなんて不道徳な奴だ」とか「恥知らずなネオナチめ!」とか不愉快に感じましたか?何かしら怒りでも感じられたでしょうか?おそらくナチのホロコーストを信じている人は、多くの場合、反感を持つはずです。 実は、「南京大虐殺は無かった」と主張するビデオをYouTubeに挙げ続けてきた私も「馬鹿な奴だ」とか「非常識だ」とか「日本のスーパー右翼め!」とか「それじゃ、広島も長崎も無かったんだな!お前はファンタジーの中で生きている」とか言われ続けてきました。それらを言ったのは中国人とか韓国人だけではありません。2~3割以上は、アメリカ人だったり、カナダ人だったり、ドイツ人などの欧米系の人たちです。つまり、中国・韓国だけでなく、欧米においても「南京大虐殺」は「ナチのホロコースト」と同様の、言わば、歴史的常識となってしまっているのです。ですから、中韓のみならず、欧米の人たちも「ユダヤ人ホロコースト否定」に対して多くの日本人が感じたものと同じ気持ちを、欧米の人たちも「南京大虐殺否定論」に対して感じていると考えてください。ナチのホロコーストを否定することが欧米社会においてタブーであることと同様に、南京大虐殺を否定することもタブーとされているのです。「南京の真実」を取材した海外の新聞を読めば、水島さんを修飾する言葉として「right-wing, nationalist」(右翼・国粋主義者)とか付加されています。都知事の石原慎太郎氏さえ、欧米のメディアは「nationalist」と呼んでいます。私からすれば、石原慎太郎氏が「nationalist」であれば、アメリカ国民の上から下までの80%以上がスーパー国粋主義者で軍国主義者ですけどね。 最近の日本の保守派と呼ばれる人たちの中には、嫌韓・反中でいながらにしてアメリカに対して強いシンパシーを感じているらしい人たちが沢山います。人は、ある人たちを敵に回すと、どうも孤独に耐えられず、今度は味方になってくれる人を探すのかもしれません。もし、そんな人があなたの周囲にいたとしたら、あなたは傍から見ていてその人を尊敬できますか?韓国が自己に都合よく史実を捏造してまで日本を貶めるから韓国が嫌いですか?嘘つきで策略・謀略で日本を貶めるから中国が嫌いですか?正直言って、私も人一倍、嫌韓・反中です。YouTubeでは、韓国・中国の連中の多くから私は「スーパーレイシスト」とまで呼ばれています。しかしながら、私は思うんですね。嫌韓・反中の人たちって、どうして親米な人が多いのでしょうか?親米の理由は何でしょうかね?親米の人たちがよく言う言葉「日本とアメリカは自由と人権と民主主義で同じ価値観を共有している」・・・本当にそう思いますか?まさか米国の愛国者法を知らないわけじゃないでしょうね?警察にコイツは反米思想を持っているなと睨まれたら、捜査令状もなしで逮捕され拘留されかねない国・アメリカ。アフガニスタンやイラクでジュネーブ条約を破り、捕虜を犬猫のように虐待する国・アメリカ。(63年前の日本兵も米軍から犬猫のように虐待されたんです) 大統領選挙の結果だって金で買える国・アメリカ。こんな国に自由と人権、そして民主主義があると思いますか? アメリカが事実に忠実な国であったとしたら、昨年7月に可決した米下院の慰安婦決議って何だったんでしょうか?事実を歪めてまであんな決議を通した国はどこですか?この問題を多くの日本人が「中共の画策だ。裏には中国系反日団体がいるんだ」ということでなんとか納得しようとします。画策や陰謀を企てた黒幕って、そんなに簡単に表に名前が出てくるようなものでしょうか?黒幕ってものは、本来なら、身を潜めじっと息を殺しながら苦笑しているものだと思いませんか?アメリカが日本を叩いて喜ぶのは誰か?中国でしょ?その時の中国はアメリカが好きなる瞬間ですよね。それじゃ、アメリカが中国を叩いて喜ぶのは、日本。そして、その時の日本はアメリカを「やっぱり日米同盟だあ」と安心するんですよね。はっきり言いますと、アメリカ様がハンマーを持って、アジアのモグラ叩きをやっているんですよ。ハンマーが「中国!韓国!・・・中国!・・・・日本!日本!・・・・北朝鮮!」と次々に叩いていく、中国が叩かれると日本が拍手をし、韓国が叩かれると日本が拍手。そして日本が叩かれると中国と韓国が拍手する。つまり、アメリカがこの東アジア4ヵ国の対立関係をうまくコントロールしながら、それを利用して、東アジアの各国それぞれで1番のパートナーとしての位置を占めようとしている。日本の民族主義の勃興に対して警戒しているのは韓国や中国だけではなく、実はアメリカなんです。日本の民族主義をサジ加減でコントロールしながら、日韓・日中・日朝がいがみ合うところで、一番オイシイ想いをしているのはアメリカなんです。これって、これまでアングロサクソンがやってきた、それぞれの民族にアメとムチを交互に繰り返しながら、民族対立をうまく利用した植民地支配政策の延長そのものじゃないですか! 捕鯨問題だって、反捕鯨を主導しているものもアメリカ。今年1月にシーシェパードのメンバー2名が日本船に不法侵入して「人質に捕られた」などと自作自演を演じたことは日本人にとって記憶に新しいはず。あの時、オーストラリアのメディアはシーシェパードの一方的な主張をそのまま流したじゃないですか。そしてアメリカ、イギリスのメディアも同様にシーシェパードを擁護したじゃないですか?オーストラリアの「鯨の親子」と称する写真をアメリカもイギリスもドイツのメディアまでもが喜んで世界中にばら撒いたじゃないですか?彼らはいっさい日本の言い訳や主張を聞こうとすらしません。そこで「捕鯨問題は日豪離反のための中共の画策だ!」という日本人が現れました。「中共のプロパガンダだ!日豪離反の陰謀だ!」、もうここまでいくと馬鹿のひとつ憶え。もう何でも「中共、中共」・・・そんな人は「中共」のひと言で思考停止に陥っているんです。日本人であれば、シーシェパードの事件が起こった時点で、米英のメディアが日本という相手を貶めるためなら情報を捏造をするぐらい平気でやっているとわかったはずです。 水島さんがお作りになった南京の映画「7人の死刑囚」。これを例えて言うならば、イラクのフセインの最期の一日を描いた映画をイラクの民族派が製作したのと同じなんです。いまのアメリカ人はこの映画に対してどう反応します?よくよく想像してみてください。例えば、日本人の誰かが「日本のA級戦犯とフセインと一緒にするな!」と言ったとしましょう。私はこう答えるでしょう。「あなたたちは、フセインの何を知っているのですか?欧米のメディアにイラクが大量破壊兵器を隠し持っていると煽られてイラクまで派兵して、結局、イラクのどこを探しても大量破壊兵器は無かったわけですよね。それで今度は、フセインの圧制でイスラム・シーア派の虐殺?クルド人虐殺?その情報のソースは何?また欧米のメディアですか。あなたは慰安婦問題や捕鯨などで欧米のメディアが平気で真実を歪めることを学んだはずだ。にもかかわらず、あなたはまだ英米のメディアに毒されていることに気づいていない」と。ご存知の方もおられると思いますが、今年1月10日の参議院外交防衛委員会で、民主党・藤田幸久議員の911事件についての質疑を行いました。私はテレビの前で「バンザイ、バンザイ」と叫びました。アメリカ人の半分以上は911のテロはアメリカの自作自演だったことはすでに薄々わかっていること。さまざまな不可解な疑問が解決されないまま陰謀説として残ったままです。2001年9月11日、ワールドトレードセンターで日本人24人が犠牲になっています。日本政府は、テロ特措法延長以前に、24人の犠牲者の家族に対して「誰が犯人で、何が原因で亡くなられたか」をきちんと究明し説明する義務があるのは当然でしょ。 「南京の真実」を究明しようとし、それを熱心に訴えている人の中に、もし「911のテロが自作自演?アメリカが自作自演でテロを起こしたからって、それが何?」と言って開き直る人がいたとしたら(実は多くの日本人がそうなんです!)・・・・私はその人に言いたい。「あなたのように真実に対して不誠実な人には、南京事件を究明する資格はないし、たとえそれが正しくても説得力は無い。へタレは去れ!」と。偽者がどんなに真実を語ろうとしても、説得力はない。本物は、アメリカは1898年の米西戦争以来、常に相手にぬれ衣を着せ、自己の侵略戦争を正当化してきたことをすでに見抜いているのです。「THE FAKE OF NANKING – 1」は、大東亜戦争においてもアメリカのその卑怯さは日本に適用された、その一例にすぎないのです。いま日本が巻き込まれている911のテロに疑問を感じない人が、70年前の陰謀を説こうとしても、それは土台無理な話であると思います。 私は500%確信を持って断言します。911同時多発テロは、アメリカの自作自演だったんです。まあ、信じたくない人は信じなくても結構です。所詮、人間なんて、自分が信じたいことだけを信じる生き物なのでしょうから・・・。多摩川は「トンデモ」な話を信じているなどとどうぞ笑ってください。私は人様から笑われることには慣れています。最後に福沢諭吉の言葉を引用します。  「悪友を親しむ者は、共に悪名を免(まぬ)かるべからず。 我れは心に於て西洋の悪友を謝絶するものなり」と。 真のならずもの国家は、アメリカだったのです。 関連記事 日の丸・君が代 TAMAGAWABOAT トップページから読む Please check 水島総監督作品「南京の真実」を観た私の感想

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“The Battle of China” is the U.S.Defense Department’s war-time propaganda film that Frank Capra (1897-1991) directed in order to stir up enmity against Japan. This film was released in the United States in 1944. This film aroused American’s sympathy for Chinese people and succeeded in gaining support for indiscriminate bombing of Japanese cities from American public […]

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If sexual assaults (rape) occur frequently during a certain short period in a certain area, the pregnancy rate in this area should naturally increase dramatically after a set period of time.  This is human’s physiological phenomenon. Simultaneously, the venereal-disease epidemic in this area should happen. On May 2nd of 1945,  fall of Berlin, capital city […]

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もう10年ほど前、私の母から、寝室にあるテレビの調子がおかしい。音声は聞こえるのに、画面がずっと真っ暗だ。ちょっとみてくれと言われた。テレビは声はするのだが、画面はずっと真っ暗なまま、時々、猫の目のようなものが画面を舞っているのがわかった・・・私は笑いながら「これねぇ、こういう映画なんだだよ。地下水道!」。アンジェイ・ワイダ(Andrzej Wajda)監督の名作「地下水道」だった。母の寝室にある小さなポータブルテレビは、黒の濃淡をはっきりと映し出すことができない安価なテレビ。テレビの裏側には「Made in Korea」と書いてあった。(笑) そのアンジェイ・ワイダ監督が「カチンの森事件」を扱った映画を製作、今回のアカデミー賞外国映画部門にノミネートされた。おそらく外国映画部門で賞を獲得することは間違いない。いま日本では、この事件を知る人はおそらく少ないと思う。10人に訊ねて1人いるかどうか・・・。アカデミー賞の受賞発表後は、「カチンの森事件」は、日本のみならず、世界中の多くの人々の共有する知識となるだろう。 これは、半世紀もの間、歴史の闇の中に葬られていた国家犯罪の真相にせまる物語である。1939年のポーランド。ポーランドは東西をソ連とドイツから2つに分割され地図上から消滅した。 ソ連占領下で秘密裏に抹殺されたポーランド将校たち約1万5千。81歳の巨匠・アンジェイ・ワイダが描く「カチン」。この事件の発覚は第二次大戦中の1943年4月。ドイツによって、元ソ連占領下のカチンの森で約4千体の死体が発見された。特殊なカチンの森の土壌は、犠牲者の死体をミイラ化させていた。当時のソ連にとってポーランド民族主義派の将校たちは邪魔者だった。当初、死体を発見したドイツは、この虐殺事件をソ連の犯行として強く非難したが、ソ連とアメリカはこの事件をドイツの残虐な犯行としてぬれ衣を着せた。戦後、ソ連勢力下に入ったポーランド人は事件について口をかたく閉ざした。社会主義体制のポーランドでは、ソ連の犯行だと告発することは不可能であった。この事件の真相解明は、1990年にソ連が公式に犯行の事実を認めるまで待たなくてはならなかった。以来、約半世紀、カチンの森事件はドイツの犯行という虚偽が信じられてきた。 国家間の思惑の前では、人の尊厳など露ほどもない。カチンの森でソ連軍によって殺されたポーランド将校 1万5千人。その犠牲者の中のひとりが、この映画の監督 アンジェイ・ワイダの父であった。大戦中はワイダはレジスタンスとしてワルシャワ蜂起を戦い、戦後は冷戦下を銃をカメラに持ち替えて体制と戦ってきた作家である。「地下水道」「灰とダイヤモンド」「大理石の男」・・・そして81歳を迎えた巨匠 アンジェイ・ワイダが作家生命を賭け、人生の集大成として撮った映画「カチン」。2008年・第80回アカデミー賞外国部門の大本命である。 ちなみに、アンジェイ・ワイダは日本人が泣いて喜ぶほどの大の親日家である。きっかけは17歳の時、ドイツ占領下のポーランド・クラクフでナチスの総督府が日本美術の展示会を開催。ワイダはレジスタンスでありながら、身の危険を冒してまで美術展に出かけたそうだ。 TAMAGAWABOAT トップページから読む 関連 証言は必ずしも証拠ではない – 南京大虐殺

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1月25日に、水島総(みずしま さとる)監督作品「南京の真実」の試写会が有楽町よみうりホールで行われるということで、行ってきました。 40分間だけ中に居ました。それ以上、映画を見続けることは、私にはできませんでした。よみうりホールをひとり急いで出て、とにかく旨いラーメンでも食いたい!そんな気持ちになりました・・・自分は築地方面へと向かいました。 水島総監督の「南京の真実」という映画をひと言で表現するならば、自分の期待に反して、無理やり食べたくもないインスタント・ラーメンを食べさせられた・・・そんな感じでした。粉末スープで味付けし、即席揚めんを熱湯でふやかした・・・フェイクでむなしい味。ひと口、ふた口食べたところで思い切って止めた・・・それに似ているかと思います。 私は思います。水島さんは、どうして一度も南京に行ったことがないんですか?南京の映画を作るならば、一度は南京まで足を伸ばし、70年前に日本軍が行軍した同じ道を辿り、南京城の城壁の石を自分の手で触り、南京の市民の人々に話しかけ、70年前に南京までやってきた日本兵の気持ちに思いを馳せる・・・南京の街角で茶でも飲みながら、自分の中に湧きあがってくるインスピレーションをじっと待ち、そしてシナリオについての思索を練る。それって劇映画であろうが、ドキュメンタリーであろうが、芝居であろうが、ものづくりの基本中の基本。「いろは」の「い」じゃないんですか?(怒!)刑事さんに例えるならば、犯行現場とされる場所をつぶさに歩いて回る・・・それって基本じゃないですか。 私は思います。テッド・レオンシスとグーテンダークの映画「南京」。水島さんは、どうして一度も観たことがないんですか?昨年1月のサンダンス映画祭で公開され、その後、アメリカ各地の映画祭を転戦しながら上映してきました。1年間、水島さんは何してたんですか?そもそも、水島さんが「南京の真実」を製作しようと思い立った、そのきっかけとなった作品じゃないですか?「これは仕掛けられた情報戦である」と叫びつつ、相手の情報さえ入手しようとしない。失礼ですが、情報戦という意味、どこまでわかっているのですか?70年前の事件を検証する?いま現在、起きている事も検証できず、どうして70年前のことが検証できるのでしょうか?(怒!) 私は正直に申し上げて、水島総監督作品「南京の真実」には、非常に浅薄な付け焼刃的な印象を持ったわけです。いま水島さんは言っています。「南京の真実」の映画2部、3部を作るんだと、そしてさらなる寄付金をお願いしますと言ってます。おそらく、私は今後、チャンネル桜に関連する人たち、水島総さんに対して熱いシンパシーをお持ちの方たちから激しい非難や中傷を受けるでしょう。しかしながら、私にとって、水島総さんご本人の名誉より、「日本軍の南京における汚名を拭い、いまの日本人の名誉を守る」ということのほうが、私にとってはよほど優先的な課題なんです。ですから、私は、あえて「王様は裸だ!」と言った無垢な子供になります。 私は映画「南京の真実」製作委員会に提言します。「南京の真実」2部、3部では、他の若手の監督を探してください・・・。水島さんじゃ駄目です。 http://youtube.com/watch?v=iPhyKUmxwm0 Please check 「南京の真実を言えば相手は理解する」日本人の勝手な思い込み。                  日の丸・君が代                      靖国神社遊就館・人類の歴史とは戦争の歴史である                      証言すなわち証拠ではない – 南京大虐殺           PHOTOS OF NANKING MASSACRE                      Sugihara Chiune – A Japanese Holocaust Rescuer                 THE CROPPING IN THE BATTLE OF CHINA                      Yasukuni Shrine – 2            Yasukuni Shrine – 3 what did they die for?          Do […]

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かれこれもう1年と半年ぐらい経つだろうか・・・? 06年新年早々にモスクワとサンクトぺテルブルグを旅して、日本に帰ってきて、すぐに友人に会った。「久しぶりに居酒屋でも行って飲もうぜ」ということになった。 ビールを片手に「おい、モスクワはどうだったか?」と友人が俺に訊ねて、俺がモスクワへの旅の土産話を始めた・・・。 注文していた寿司の盛り合わせ(850円)がテーブルに届き、俺が言った。 「モスクワには寿司屋がいっぱいあったなあ。モスクワ市内だけで350軒以上はあるらしい。でも、そのほとんどが韓国人による経営らしいなあ。」、 「入った?」、 「入るわけねぇーじゃん」と俺。 「先日、モスクワの寿司屋で食中毒が起きたらしいじゃないか・・・新聞で読んだよ。日本というブランドイメージを勝手に荒すなっちゅーの!」と彼。 「ああ、ほんと、やめてほしいな」と俺が相槌を打った・・・などと話をしていると・・・隣向かいに座っていた男女がいきなり立って去っていった・・・俺は気にもとめなかった。 そして俺が話を続けていると・・・。「あのー」という声をかけられ、声のするほうを振り向いた。 振り向いたほうには、自分たちが座っているテーブルの脇に女が立っており、女が言った。 「あのー、彼、韓国人なんですけど」、「はあ?」と何のことやら分からない俺。 「さきほど、韓国の話をしていたじゃないですか!」と女。 「えっ・・・韓国の話?俺たち、韓国の話をしたっけ?」と俺は友人の顔を見ながら首を傾げた。 「さっき、韓国人の寿司屋がどうのこうのと・・・それで彼が怒って、『この店から出よう』って席を立ったんです」と女が言った。 「ああ、そうでしたか・・・それは申し訳けなかったですね。ごめんなさい」と俺が言うと女は立ち去った。 女が立ち去った後、友人が言った。 「お前・・・優しいなあ、謝る必要なんてまったく無いと思うよ。こちらは別に、韓国人に聞かせるために話をしているんじゃなく、ただモスクワでの土産話をしているだけじゃないか。それを相手が勝手に聞いて腹を立て、しかも黙って帰れば、それで何事もないものを・・・わざわざ戻ってきて、あたかも『あなたたちの発言で気分を害した!謝罪しろ!』と言っているようだったよね。『自分たちの気に触る話はするな。俺たちが気持ちのよくなる話をしろ』みたいな韓国人たちのおこがましさを感じるよ。」と友人。 「女も在日じゃないの?彼らは勝手に被害妄想に走るから・・・」と俺。 「そんな顔をしていたよなあ・・・まあ、気分を直して、もう一杯いくか!」と彼。 そして勢いよく、店のスタッフに声をかけた。 「すみません!ビールをジョッキで2つ!」 ・・・・【予告】たぶん、このシリーズ、あと2~3回ほど続くと思います。 TAMAGAWABOAT トップページから読む

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http://www.youtube.com/watch?v=h0lizzqOxuI TAMAGAWABOAT   トップページから読む

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今日は右からも左からも総スカンを食らうような話をしてみよう。昨夜のNHK番組「日本の、これから・・・憲法9条」を観た。私は、参加された方たちのお話をただただニタニタとしながら聴いた。 憲法9条を堅持したい人たちは「憲法9条」が世界に誇れるなどと本気で思っているのか?日本が「憲法9条」を堅持しているからと言って、他国は日本に攻めて来ないとでも思っているのか?日本人が「憲法9条は素晴らしい。だから他国にも広めましょう」と言って、世界の国々がそれに同調するとでも本気で思っているのか? 現実は、日本の憲法の中にそんな条文があることさえ、世界の人々からすれば、誰も知らないし(100%知られていない)、それを知ったからといって誰も驚かないだろう。まあ、日本の影響力ってそんなものだし、日本がどんな考え方を持っているかなんて興味はない。さらに厳しく言えば、日本人は日本という国をよほど買いかぶりすぎているんじゃないか?日本人は自分たちがアメリカ・ヨーロッパ・ロシア・オーストラリアといった白人の国々と対等な関係にあるとでも錯覚しているんじゃないのか?彼らからすれば、日本という国は「お猿さん」の国なんだよ。そのお猿さんが何を叫んだところで、白人たちからすれば「お猿さんが何かしら言っているぞ」ぐらいの程度なんだよ。それぐらい国際捕鯨委員会を見ればわかるじゃないか。 しかも、世界からみれば日本人なんて、大東亜戦争中、20万人の処女を強制的に連行し拷問し強姦して、挙句の果てに殺害して、その肉を煮て焼いて食った野蛮な民族でしょ?(ゲラゲラ)南京で30万人を残虐な方法で虐殺し、7万人の女性を強姦した不道徳な民族なんでしょ?(ゲラゲラ)・・・欧米は日本のことをそう思っている。極めて自虐的で多くの日本人、右も左もムカつくかもしれないが、実際に慰安婦問題も南京大虐殺も日本人の反論に、彼らはすでに耳を貸そうとすらしないじゃないか。日本人が反論すると「南京が無かった?ナイス・ジョーク!」と返ってくる。米下院に対して、どんなに反論を試みようとしても無駄だったこと、「強制」はなかったとする安倍に、オーストラリアの首相さえ「見苦しい言い訳はやめろ」と言われた。いかに日本人の言動が信頼されていないのかよく理解できたと思う・・・われわれは経験から学ぶべきだ。 いくら日本人が「人類はみな兄弟!」と叫んではみても、欧米は「日本人と兄弟?お猿さんとは血縁関係はございません」と返ってくる。「憲法9条?戦争放棄?へぇー、勝手にやれば?」となる。日本人は、経済大国だからお金持ちは一目置かれているなどと思い上がった考えを持っちゃいないか?被差別の民族として自覚し、鉄錆びた厳しい国外の現実を冷静に見たほうがよい。世界に「戦争放棄」を提唱したいならば、アメリカのように圧倒的な政治力が無ければ、誰も耳を貸さない。それが世界の現実なのだ。 それじゃ、どうすればよいか?日本人がもっともっと強くなるほかない。 TAMAGAWABOAT  トップページから読む 関連記事 日の丸・君が代       B-29日本列島縦断飛行プロジェクト ※プロの翻訳家Mr.Jun Fujitaの小林よしのり「戦争論1-Testimony」の英訳がはじまりました。 http://gomanism.web.fc2.com/index.html

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もう2年以上も前になる・・・。 たまたまNHK教育テレビで「私のこだわり人物伝」という番組を観た。 新しい時代小説の書き手として注目される山本一力が、 敬愛する作家・池波正太郎の魅力を余すところなく語り尽くすシリーズだった。 山本一力が、池波正太郎の「人物造形のカンどころ」と題して、 「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」といった池波の代表作に 登場する人物たちに注目して、作品の魅力を語っていた。 池波正太郎の作品に登場する人物がどれも魅力に溢れているのは、 「善と悪を切り離さない人物造形の見事さにある」と、 山本一力は語る。 つまり、どんな極悪人にも「善」の部分があり、 それを何気なく描くことによって、 登場する人物がより生き生きとしてくる。 池波正太郎の時代小説には、 時代小説以上に 「人間とは何か?」という 人間の究極的なテーマについて探求しようとする姿勢がある・・・と。 この番組の最後のところで山本一力は池波正太郎の次の一文を引用した。 近頃の日本は、何事にも「白」でなければ、「黒」である。 その中間の色合いが全く 消えてしまった。 その色合いこそ「融通」と言うものである。・・・池波正太郎。 さらに山本一力は、続けて、その言葉を補足して次のように語った。 「白」か「黒」か?はっきりと分けて考えるのも、 それはそれで意味のあることではあるが、 二者択一で全てを分けてしまうのも、また問題である。 白と黒の間にある灰色の部分。その灰色の部分にこそ、 実は無限大の可能性がある。 YESでもなければNOでもない領域。 そこに「わきまえ」を心得た「おとな」の人間によって、 「融通する」という動詞が使われる。 その「融通」というものこそ、 日本人が昔から大切にしてきた文化なのだ・・・山本一力。 番組を観た後、なにか貴重なお酒でもご馳走になったような気分だった。 TAMAGAWABOAT トップページから読む 関連 中川昭一、ロックな男だぜ!

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周知のとおり、グーグルでの検索結果におけるランキングは閲覧頻度に左右し、上位ランキングに位置するページは閲覧頻度が高く、ランキング下位に置かれたページは閲覧頻度は低くなります。閲覧頻度が高いページは多くのリンクをされることにより、さらにそのランキングを高めていくことになります。昨年あたりから知られるようになってきましたが、グーグルは世間にあまり好ましくない情報については、機械的ではなく人為的に低くランキング付けすることよって、世間の目から遠ざけることを意識的に行っています。そうした操作を村八分に例えてグーグル八分と呼ばれています。その対象は、悪徳商法やカルト宗教のページ・・・そして歴史修正主義なのです。 以前にもここに書きましたが、南京大虐殺否定論は人為的に低くランキング付けされています。「いや、そんなことはない!グーグルで南京大虐殺で検索すると、検索結果1ページの半分以上は否定論者のサイトだ」とおっしゃる方は誠におめでたい。日本のグーグルの検索結果を言っているのではないのです。英語(com)、露語(ru)、仏語(fr)、西語(es)、伊語(it)、独語(de)・・・のグーグルで「Nanking Massacre」と検索してみてください。まあ、見事と言えるくらい、これでもかこれでもかというぐらいに肯定論ばかりです。これらを日本のグーグル(jp)で検索した結果と照らしあわせてみてください。愕然とすると思います。たとえ、日本の南京大虐殺否定論のサイトが英語でどんなに書かれていようが、決して上位にくることはありません。そうです、意図的に「南京大虐殺否定論」に対してグーグル八分が行われているのです。 「南京大虐殺否定論」だけでなく、「慰安婦問題」「Comfort Women」に対してもグーグル八分が行われてきました。731部隊ももう行われているのかな?ですから、以前、私がたかじんの番組をいろいろと組み合わせて「南京大虐殺」のビデオを4つほど作りましたが、それらのタイトルはそれぞれ「Nanking Massacre」「Photos of Nanking Massacre」」「The News of Nanking Massacre」」「The Truth of Nanking Massacre」でした。こうしたタイトルは私が故意にグーグルを意識してつけました。ビデオをご覧になられた方から、「タイトルが肯定しているかのように思われるから、きちんと否定したタイトルに変えてください」などとメールをいただきましたが、面倒くさがりの私は故意に無視しました。返事が返ってこないということで腹立たしい思いをされる方もいらっしゃるかと思い、前もって言っておきますが、私はYouTubeでもいただいたメールは基本的に読みません。他人の話にはいっさい耳を貸さないのが、ここ数年間の私のモットーです。(笑)だから多くの人たちに嫌われています。 これを初めて知った否定論者の方は、愕然とし、失望し、うなだれてしまうかと思います。私もそうでした・・・。しかし、所詮、人間がやること、探せばいろいろと抜け道があるんですよ。そう、Wikipediaです。グーグルの各検索結果でWikipediaは常に1位から3位までの上位にランキングされています。世界のネットユーザーの多くがWikipediaを基本的な知識が集約されたページと思い込み(これは勝手な思い込みです)、それらを引用までしています。そこに集中的に各国の言葉で書き込みを加えていく戦術を試みるべきです。Nanking Massacre, Comfort women, Unit 731, Japanese war crimes・・・これらのWikipediaに書き込みを加えていく。その結果、どうなると思います?(ちょっと次を読むのをここで止めて目を瞑ってすこしだけ考えてみてください) その答えは、Wikipediaそのもののランキングが下がります(爆笑)。これ本当です。 いやぁ~グーグルって、ホントに面白いですね!  TAMAGAWABOAT     トップページから読む “The Rape of Nanking” = “The Fake of Nanking”  Photos of Nanking Massacre The Cropping in the Battle of China

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参院選後の8月第1週、NHKの「クローズアップ現代」の放送予定。          ネットで世論が形成される      ~極右と呼ばれた政党の躍進~ 今回の参院選で初の当選を果たした維新政党・新風。故意に自らを極右と称し、これまでタブーとされてきたことを公言する姿勢は、どのようにして有権者の心を捉えたのであろうか。 「年金問題」に与野党の論争の焦点が集まる中、維新政党・新風は、他の政党とはまったく異なる論点で参院選を戦ってきた。NHKは独自に参院選告示前から、維新政党・新風とインターネットの関係に着目し、インターネットの巨大匿名掲示板・2ちゃんねる、ニコニコ動画。さらに日本のネットユーザーの約半数が閲覧すると言われる巨大動画サイトユーチューブでどのような選挙戦が繰り広げられてきたかを取材してきた。 クローズアップ現代では、ネットにおける世論をリードするブロッガーと呼ばれる人たちとともに、今回の参院選を検証しながら、今後予想される選挙におけるネット解禁について、その行方を探る。 これは私の妄想ではありません。 NHKは維新政党・新風の大躍進をきちんと予測しています。 ぜひ歴史に参加してください。 15日(日)  10:00 千葉県船橋駅前          13:00 東京・秋葉原駅前               15:00 有楽町マリオン前          18:30 お台場公園周辺(台風の為、中止) http://youtube.com/watch?v=4GDhL8ChZXo

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今日は思いつくまま書きます。 ある告知をされ、人は、ある事を認知し、 説明をされ、人は、それを理解する。 そして最後に説得され、人は、ようやく納得する。 しかしながら、納得はしても・・・人は行動にはでない。 行動の原動力は何か!? それは感動だと思う。 人は感動しなければ、動かないものなのだ。 人に感動を与えることのできる人・・・そんな人が政界には必要なのである。 今回のアカウント削除の原因は、NHKニュースを流用した「慰安婦問題」と「原爆報道」であった。なぜ私が知っているか?私が直接、NHKの「N. Sato」氏なる人物と話をしたことによってそれはわかった。 彼は「勝手に私たちの製作物を流用しておいて何を言うか!」と語気を荒げた。私はこの「私たちの・・・」という言葉に無性に腹が立った。私は確かにNHKの「ニュース」を流用した・・・。私は次のように言った・・・。 NHKには、元国務次官のジョセフ氏による記者会見や安倍首相にインタビューする機会を与えられている。しかしながら、われわれ庶民にはないのだ。 そうした行為をいわばマスコミが独占している。NHKにとって、そうした活動は「特権」である。しかしながら、その一方で、同時にそれを伝える「使命と義務」があるからこそ、その「特権」を与えられていることを忘れないでほしい。 NHKが、YouTubeに、BBCやCBSのように自ら進出しないのはなぜか?なぜ「慰安婦問題」と「原爆報道」といった重要な外交案件で、きちんと日本側の主張を世界に発信しないのか?自らの「特権」ばかりを行使しながら、伝える「使命」を果たさないのであれば、報道する者として、その特権を授かるに値しないのだ。 それを言い終わると、NHKのN.Sato氏は沈黙した。 しかし、私はさらに本当の理由がわかった。それは「維新政党・新風の応援ビデオ」をアップロードしたことだと。NHKのN.Sato氏が口に出していわなくてもそれはわかっている。だからこそ敢えて、この政党をさらに強く応援したいと思った。「マスコミが権力者のように振舞う日本社会を変えよう、権力をわれわれ庶民の手に取り戻そう」と訴える維新政党・新風がいま必要なのだ。

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Anyway,  people who believes the existence of Nanking Massacre without any reason must watch the below video. This film brainwashed you. http://youtube.com/watch?v=4LbVeadjSbo TAMAGAWABOAT  Go to top page

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Prime Minister ABE Shinzo said “the comfort woman system” had several good points from the viewpoint of preventing the rape in combat zone. I think, and yet, “the comfort woman system” had many good points also from the viewpoint of health care of soldiers. “the comfort woman system” was effective for preventing infection of venereal […]

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Prime Minister ABE Shinzo said there is no need for Japan to make a fresh apology for forcing women from other parts of Asia into sexual servitude for the Japanese military during the war, even if the U.S. Congress passes a resolution calling on him to do so. “We will not apologize because of a resolution,” Abe […]

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RE: An Open letter to Representative Honda The Honorable Mike Honda UNITED STATES HOUSE OF REPRESENTATIVES Dear Representative Honda: On January 31, 2007 you, along with six other Representatives, submitted House Resolution 121, which calls on the Japanese government to apologize for having forced young women to become sex slaves during World War II, to […]

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MIZUSHIMA Satoru announced he projected to produce the documentary film “the Truth of Nanking” to argue against China’s black propaganda on Jan.26, 2007. This year,  2007 is the 70th anniversary of Nanking Incident.  China projects to produce 7 movies for Nanking Massacre. China accelerates to spread the black propaganda about Japan to the world. Is […]

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これは書こうか書くまいか、かなり迷いました。でも日本人に知ってもらいたいと思いました。ICQというチャットで知り合ったロシア人の友人がいます。知り合って数年ほどになります。この方は、モスクワの日本大使館が行っている日本語教室に、この数年間、週2回通っています。また日本大使館では、現地の人たちを対象に、日本語教室とは別に、毎週のように日本文化に対してより理解を深めてもらうための講座も設けています。いまから書くことは昨年の9月下旬に起こった事件です。 本人の談による講演内容の要旨:「昨日、日本大使館で「日本と中国との関係」というテーマで講演があったので行ってみた。今年の夏の8月15日、小泉首相は中国側の再三にわたる強い要請を無視して、A級戦犯が祀られている靖国神社に参拝した。中国はこれに強く抗議を行った。中国にとってA級戦犯は、中国侵略の首謀者であり、かつ、その中には南京大虐殺に引き起こした張本人も含まれている。中国人民としては決し許さざるべき行為であった。南京大虐殺とは、1937年、日本が中国を侵略し南京を陥落させたのち、南京市民30万人を虐殺した事件であり、7万人の婦女子を強姦、暴行、放火、掠奪を繰り返した世界史上、最も野蛮で残酷な事件のひとつとして世界に知られている。しかしながら、日本は中国に対して謝罪すら行っていない。それで・・・中国の小泉首相の靖国参拝への強い抗議があったのだ」 「・・・はあ?南京大虐殺?捏造だよ。誰が言ったのですか?」と俺。すると本人「いいえ、これは事実です。ロシアでは有名な権威のある学者がそう言ったんです」「ロシアの権威ある学者よりも、川崎の町工場の社長のほうがよほど偉いですよ(笑)。ロシアはプーチンによって情報統制しているから、中国のデマまで一緒になって流しているだけですよ。あなたの国ってカチンの森事件の例があるでしょ?」「いや違う。これは他ならぬ日本大使館で聞いた話です。南京大虐殺は否定できない真実なのです」「それは、日本大使館という場所を借りているだけでしょ?」「いや、この講座は日本大使館が主催者です」「その権威ある学者とは誰ですか?教えてください」「有名な人間です。嘘だと疑うのであれば、自分で調べてください」 もう参りました。俺もその真偽を確かめるべく、さっそくモスクワの日本大使館に電話して訊ねてみた。文化広報部の担当者は日本人でした。その担当者の話によると、 「9月27日に<日本と中国の関係>というテーマで日本大使館主催で講演会を行ったことは事実である。講師は世界経済関係研究所の上級研究員アミーロフ氏。氏は日露関係の政治が専門であり、メディア等でも知られた学者である。それをコーディネートした団体は現代日本研究センター広報文化部であり、この団体はロシア側の組織であり、毎回の講演についての企画はこの団体から日本大使館に提案してもらって、その企画を吟味したうえで依頼をしている。講演会には大使館の日本人職員が必ず立ち会っている」「それで9月27日の講演でどんな話がされたのですか?」「アミーロフ氏は、日本と中国の関係についてきわめて客観的な話をされたと立ち会った人間から聞いている」「南京大虐殺についてはどんな話をされたのですか?」「きわめて客観的な話をしたと聞いている」「ちょっと待ってください。客観とは何ですか?」」「恣意的な話があったかどうかは聞いていない」「30万人が虐殺された・・・30万という数字があげられているのですが、日本の外務省はそれを肯定しているのですか?」「30万という数字があげられたかどうかまでは聞いていない」「でも本人は30万という数字と、強姦、暴行、放火、掠奪という単語まで口にしていますよ。講演はビデオまたは録音といった形で記録が残されていないのですか」「記録は残っていないから、そこまで具体的な話があったのかどうかはわからない」 そう言えば、3年ほど前に「韓国の慰安婦問題」でこのロシア人から、かなり責め立てられたことを憶えている。その時は、これがまさか日本大使館発の情報とは思っていなかった。「南京大虐殺」の話で合点がいった。 怒りたい人は怒ってください。呆れたという人は呆れてください。国費を使って反日を増やす・・・これが在外の日本大使館です。 ほとんどの日本人が日本のgoogle.co.jpで”Nanking Massacre”, “Nanking Incident”, “Nanking Atorocities” と検索した結果と、google.ukやgoogle.ruの検索結果は同じだと思いがちですが、ランキングがまったく異なりますのでご注意ください。google co.jpだけが特殊で、日本だけがツンボ桟敷となっています。試しに、googleで”google uk”と入力してトップに登場したものをクリックして、きちんとEnglishになっているかを確認したのちに、上記のキーワードを入力して試してください。ちょっと驚きますよ。 加筆:この文を書いた後に、いろいろとネットを眺めていたら、直接ではないが類似した記事を見つけました。「日本センター、露に乗っ取られる?」・・・日本政府がロシアの市場経済改革支援の一環として設置した「日本センター」で、「日露関係発展には北方領土問題の解決よりビジネスを優先すべきだ」とする内容の授業がロシアの若者相手に行われている実態が明らかになった。(7・31産経「主張」より) TAMAGAWABOAT  トップページから読む http://youtube.com/watch?v=iPhyKUmxwm0 Please check THE PHOTOS OF NANKING MASSACRE                       THE CROPPING IN THE BATTLE OF CHINA                       THE RAPE OF NANKING=THE FAKE OF NANKING            靖国神社遊就館・人類の歴史とは戦争の歴史である             証言は必ずしも証拠ではない – 南京大虐殺              日の丸・君が代 | PHOTOS OF NANKING MASSACRE |  THE NEWS OF NANJING MASSACRE |  THE TRUTH […]

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The book collected testimonies of 102 Japanese veterans exists.  102 Japanese veterans testified Japanese army did the atrocities.   However, on the other hand, the large majority of Japanese soldiers testified that they did not know that atrocities took place. This is also the fact. The large majority of Japanese soldiers do not admit Nanking […]

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Do you know “The Protocols of the Elders of Zion”?  This book was fabricated “Fiction” for the purpose of arousing anti-Semitic among Russian people by the secret police of the Russian Empire in 1905.  This book made Jew’s plot theory “The Jew is plotting the world domination” known to European society.  Though numerous independent investigations […]

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During the period of WW2(Dec. 8, 1945 to Aug.15, 1945),  2.2 million Japanese soldiers died in the Battlefield.  There were the same number mothers as number of dead soldiers.  Please look at the left picture.  Please look at the old woman walking at the head of procession.   Her son died in the battel field.   Please imagine […]

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“Do you remember this?”  It was an event in August, 1968. A gentle man visited SUGIHARA. This gentleman showed SUGIHARA one sheet of paper that had become tattered. It was the visa that SUGIHARA issued in Kaunas of Lithuania 28 years ago. “I found you finally,  Mr. Sugihara.  We have never forgotten you.”  This gentleman’s name was B.Gehashra […]

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Film “Nanking” produced by Ted Laonsis will be screened on January 20 at Sundance Film Festival.  I hope that both judges of the Sundance Film Festival and media persons will have the following viewpoints to watch film “Nanking”.  Which is this film “Nanking”, Documentary film or Propaganda film?    For example,   I suppose…the scene […]

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ZB 26 was a Czechoslovakian light machine gun developed by Brno in the 1920s, which went on to enter service with several countries. This light machine gun was used also by the Army of China national party, Japanese Army fought hard against this arms.   From where did China import this arms? It is […]

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There was the International Committee for Nanking Safety Zone.  This committee consisted of 22 Westerners and the chairman of this committee was John H.D.Rabe.  The members of this committe contained John G.Magee, George Ashmore Fitch, Miner Searle Bates, Robert O.Wilson and Lewis S.C.Smythe. This committee wrote reports regarding the security situation of Nanking city 61 times from […]

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If sexual assaults (rape) occur frequently during a certain short period in a certain area, the pregnancy rate in this area should naturally increase dramatically after a set period of time.  This is human’s physiological phenomenon. Simultaneously, the venereal-disease epidemic in this area should happen. On May 2nd of 1945,  fall of Berlin, capital city […]

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The google the world’s watches and the google (google.co.jp) Japanese watch are different. These two google are not same. Search results are different.  In Japaese google, the top of the search results “Nanking Massacre” is “The Alleged ‘Nanking Massacre’ of HIGASHINAKANO Shudo,  but we can not see the same results in google uk, google de, google […]

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When Japanese troops entered Nanking City in Dec. 13, 1937,  more than 120 journalists also entered there with Japanese troops. These journalists included  the following Westerners journalists, A. Steel (Chicago Daily News),  F.Tillman.Dardin (New York Times),  Arthur Menken (Paramount News), L.C. Smith(Reuters)  and Yeats McDaniel(AP).  However,  there is not photo to prove  “Slaughter” in Nanking […]

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I heard from the news that the documentary film “Nanking” was produced and this film would be seen for the first time in Sundance Film Festival(Jan.18-) .  This film’s producer is Mr.Ted Leonsis.  According to his words,  He was impressed to read Iris Chang’s “The Rape of Nanking” and he decided to make film “Nanking” on […]

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It was around 1989 that China started energetically conducting anti-Japanese education on school children.  Please think back on what happened around 1989 in the world.  As you may know, in Eastern Europe, socialist countries turned toward democratization one after another and socialist system collapsed in a blink of an eye.  In the same year 1989,  […]

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The person who believe Nanking Massacre without any doubt often says the following things,  “When Nanking Massacre happened in December of 1937,  American and European International Press reported it to the world.  People in the world were surprised to hear the cruelty of Nanking Massacre took place in Far East.”  Who reported it?  What international […]

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When did the world know “Nanking Incident” for the first time?  It is 1946,  Nanking Incident was informed at Tokyo Trials(The International Military Tribunal for the Far East: 1946 – 1948,  or Judgement at Tokyo).  Nanking Incident is said to have happened in December of 1937.   And yet,  China insisted that more than 200,000 people were slaughtered.   […]

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There are so many person who believe the existence of Nanking Incident without any doubt.  I belived it, too…until 8 years ago.  But,  after I knew there is not photos to prove Nanking Incident in fact and nobody witnessed any murders in fact,  I began to doubt wether Nanking Incident took place actually.  However,  I […]